一章 壊れたおうさま

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「私は身体を放さないようにする。できる限り」 「私は心を探して捕まえる。できる限り」 「私は名前を拒絶する。できる限り」 「私は名前を探す。できる限り」 「私は中を行く。できる限り」 「私は外を行く。できる限り」  暗闇の中で響きの多い音が聞こえる。電子音のような声が重なるように響いていて、何人が話しているかはっきりしない。  なにかが顔に当たる感じがして、マリーは目を覚ます。額を触ると冷たいタオルが頭に乗せられていた。身体の感覚がだいぶはっきりしている。タオルの冷たさも、絨毯のざらつきも感じる。 「マリー、だいじょうぶ?」  ギルが飛び跳ねながら近くに来る。 「ドラゴンさんがね、水を持ってきてくれたから。飲むといいよ!」  木でできた大きめのマグカップに色のついた液体が入っている。薄い黄色をしていてスープのようだ。色は透明ではないが、味は水に近い。 「名前が分かるか、自分の?」 「私の名前? マリーだけど、なぜ?」 ドラゴンはマリーの両目を交互に覗き込む。 「名前が馴染んだのか?」 「オイラがいっぱい名前呼んだんだ! ドラゴンさんが水取りに行ってる間に」  マリーは着ぐるみを脱いで立ち上がる。ウサギのぬいぐるみの中には白いワンピースを着ていた。靴は履いていない。  裸足のまま赤い絨毯の上を歩くと、足の裏に糸の感覚がする。 「なんかね、パレードが始まるんだって、ここから見えるから一緒に見ようよ!」  マリーはギルについてビルの窓枠に近づく。ガラスはなく、飛び越えればそのままビルの外に落ちてしまえそうだ。下を見るとだいたい三階くらいの高さにいるようだった。  空の紫色が少し濃くなっている。エメラルドグリーンの雲は球体のようにまんまるで、風船がいくつも浮いているように見えるが、さっきよりも数が増えているようだ。クッキーを焼いているようないい匂いが辺りに漂っている。病院は真っ白だが、隣のビルは黄色に水玉模様が描かれていて、その隣のビルにはピンク色の森が描かれている。遠くの建物に黄色と赤のシマシマの煙突があり、そこから青い煙が立ち上っていた。この世界には色がいっぱいだ。 「目が痛くなりそう」 「どうして?」 「色が多すぎよ、ぜんぜん落ち着かない」 「外をあまり見るな。ニンゲンだというのはここの住人にはバレないほうがいい」  ドラゴンはマリーが脱いだ着ぐるみを拾ってマリーに渡す。白猫も似たようなことを言っていた。 「なぜ?」 「ニンゲンは名前をつけられる。それは、すべての物に命を与えられるということだ。中にはその力を欲しがるやつもいる」  ぴゃっぴゃっぴゃっー  音程の合わない下手なラッパの音が聞こえ、広い道路の向こうから集団が歩いてくるのが見えた。 「なあに、あれ」 「パレードなんだって! この世界のおうさまを讃えるパレードだって!」 「おうさま?」 「この世界をつくったと言われている」 「じゃあ、ニンゲンってこと?」 「まあ、そうだな」 「ふうん、なら、私以外にもニンゲンがいるんじゃない」
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