慈音叫放射、あるいは悠久の残響

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 初めて造ったのは、手のひらに収まる小さな「世界」だった。暗く果てしない僕の「部屋」にそれを浮かべて、しばらくはハラハラし通しだったのに、中の生命が安定すると楽しさが勝ってきた。すぐに次の「世界」を造った。いくつ作っても飽きなかった。  時々、全部の球体を集めて抱きしめたい衝動に駆られては自制するのだけが、辛かった。そんな無茶をしては、「世界」の中身がひっくり返る。  しかし僕とそっくりな形をした人間という生き物の、母親が赤ん坊を抱く姿を見て、気づいた。「世界」の中で誰かを抱きしめたって、「世界」は壊れない。  僕は最初から「部屋」に独りきりだから、自分に何ができるのかも自力で知るしかない。不意にそれができたときは、嬉しくて仕方ない。  浮足立ったまま飛び込んだが――「世界」は思った以上にままならない場所だった。 「私、ミオティ。あなたのお名前は?」  最初に出会った人間は、金髪を肩の高さに揃えた、年端もいかない少女。彼女の問いかけは、僕を大いに困らせた。何しろ僕は鳥の姿だったから、人間の言葉を話していいものかと迷ったのだ。  この「世界」の限られた陸地は大きな亀裂で分断されている。空を飛べる鳥の羽は移動に便利だろうと、この姿を選んだ。鳥の格好は慣れている。元々は人間と同じ形だが、不意なことから、姿を変える能力には気づいていた。「部屋」で球体の中の空の色を観察していて、そこを行き交う鳥の姿に、ああして飛べたらと思った瞬間、体が変化した。それから時々、色々な生き物の姿を試したから、変身はお手の物だ。  ……そうだ、人間になればいい。鳥が人間語を話すよりまともだろう。  返事を待つミオティの視線に焦った僕は、そんな結論に至った。しかしそれは上手くいかず――「世界」の内側では、入ってきたときの姿を変えられないことを知った。  結局青い瞳を見上げることしかできなかったが、少女にがっかりした様子はなく、そっと僕に手を伸ばして笑いかけてくれた。   「あなた、あの谷の向こうから来たんでしょう? きっとそうね。だってあなた、あの木――白木蓮(ハクモクレン)とか白蓮(ハクレン)って呼ばれてる、あの木の花にそっくり。真っ白ね」  見栄を張って、ほかの鳥と違う格好をしたのが運の尽き、僕はどの鳥の言葉を話すわけにもいかずに悩んでいた。唯一の幸いは、少女がこの見た目を気に入ってくれたことだ。  少しでも彼女を喜ばせようと、僕は差し出された手に乗ってみた。ミオティにとっては期待以上の待遇だったのか、僕の羽を撫でる手は震えていた。 「私、あの花が好きなの。春に咲くのに、花が開くほど木が白くなって、雪が積もったみたいになるでしょう。冬を忘れない、優しい花なのね。人間って飛べないし、谷を渡れるような大きな橋も作れっこないから、近くで見ることはできないって諦めてたけど――きっとあなたみたいに、ふわふわね! ああ幸せ!」  人間が味わっている不自由さの一片に触れてしまうと、鳥の姿でいるしかないことなど、「諦める」とさえ言ってはいけないような気になった。 「幸せだけど――私わがままだから、お願いが、あるの。私の……友達に、なってくれない……?」  友達とやらに詳しくはなかった。でもそれがミオティの望むもので、僕がそれになれるなら、なってあげたい。そう思って頷き、できないと気づいた変身を試みた僕を――ミオティは、抱きしめた。 「ありがとう! ずっと友達が欲しかったの。あなたのこと――ハクレンって、呼んでいいかしら?」  ……見栄っ張りな鳥の姿のままなのに、友達、になれた。しかも、誰かを抱きしめてみたくてここに来たのに、先に抱きしめられてしまった。人の腕の中は温かく、くすぐったい場所だった。
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