慈音叫放射、あるいは悠久の残響

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「仲良しの花が摘まれたことを悲しんで、白い翼の神様は、その木を飛び去ってしまいました。それからその森に、花は一輪たりとも咲きませんでした」  新手の皮肉かと思ったら、床で黴の生えた絵本を広げている。ただの音読だったらしい。   「こういう物語は伝わるものだね。だけど真実は誰も知らない。『白い翼の神様』、君がここを去ったのは、友達の死が悲しかったからかい。違うよな。自分の無力さが嫌になった?」  あえて言葉にされると嫌になる。だが否定はできない。渋々頷こうとした瞬間――額を押さえて、止められた。   「違うよ。何もしてあげられない――それなのに、愛された。それが理解できなくて、怖かったんだ。不可解なものを恐れる、人間と同じさ。忘れてないよな? 僕に分かるってことは、これは君が導き出した答えなんだよ」  見開いた目の前に、絵本が突き付けられる。じっとりと重いそれを受け取って、示された最後のページを見る。……まさか。ただの創作だ。  ――人々は過ちに気づきました。花は神様の友達で、白い翼を汚したりしていなかったのです。後悔した人々は、もう一度神様が戻ってくるのを待ち、木を守り続けたのでした――  奥付に、出版年月日が書かれていた。その紀年法に、はっとする。  「白蓮鳥(ハクレンチョウ)」一九五八年四月五日。 「始まりの場所に戻ろう」
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