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飲み会、あらためて
「シンゴは……猫だ」
「言わないで! ミツオくんに聞かれちゃう!」
「え? ミツオなら寝てるけど、聞かれたらマズいのか?」
俺の言葉にシンゴは頷いた。
「うん。僕はミツオくんの猫妄想だから……」
「猫妄想? なんだそりゃ?」
「ジロウくん。きみは猫が嫌い。ハジメくんは猫を飼ったことがない。猫妄想なんて知らないよね」
「じゃあ、ミツオとはなんの関係あるんだよ? その……猫……妄想って奴は」
「猫妄想は酒癖の一種なんだ」
「酒癖? 俺もジロウも酒を飲んでるぞ? だから、シンゴが人間に見えるのか?」
「ハジメくん。ちょっとちがうんだ。猫ってさ、だいたい飼い主さんより先に寿命が来ちゃうでしょ? だからね、猫はね。先に天国に行った猫はね。飼い主さんが酔っ払ってるあいだは、そのチカラで人間になれるんだ。飼い主さんのそばにいてあげられるんだよ。ご飯も食べられるし、他の人ともおしゃべりできるんだ」
「つまり、シンゴは……」
「ミツオの元飼い猫か。子供時代に飼ってたという……」
「そうなんだ、ジロウくん! 猫妄想が現れるなんて、滅多にないんだよ! いっぱい猫を愛して、たくさんお酒を飲まないといけないんだ!」
「あー、だからか」
「なんだ、ジロウ?」
「俺たちがシンゴに初めて会った日を思い出した。合コンで失敗して酔っ払ったミツオを、俺とハジメが支えて帰った夜だったな。あの日から猫妄想が始まったのか」
「うん。……僕、みんなとおんなじ大学生って嘘ついて、ミツオくんを介抱するの手伝ったんだ」
そうだった。物陰から飛び出して、「ミツオくん、ミツオくんだよね!?」と、話しかけてきたんだ。
シンゴは……俺たちが名乗る前から知っていたんだ。……ミツオの名前だけは。
「あのとき、シンゴが『誰かの家でお酒を飲むときは僕も呼んでね』って、俺たちと連絡先交換して……あれ、スマホはどうして持ってたんだ?」
「ハジメくん、それはね。人間らしくなれるものは猫神様が用意してくれるんだ。おうちとか、服とか、スマホとか、少ないけど……お金やご飯とか。でも、もうミツオくんから離れなきゃ……」
「なんでだよ? ミツオと話ができるんだぞ。猫ならうれしいだろ?」
「ジロウくん……猫妄想はね。昔から不幸の酒癖と呼ばれてるんだよ。猫妄想がないのに、死んだ猫に会いたくて、会いたくて、浴びるように酒を飲む人も昔はいたんだ。猫と会えるには自分が酔っ払ってないといけない。だから、素面にならないようにずっとずっと飲んで、身体を壊す人もいたよ……ミツオくんにはそうなってほしくない。だから、僕は……」
「だから……だから! ずっと黙ってたのかよ!」
「ミツオくん!?」
「寝たフリしてた。シンゴちゃん! 本当におまえは、俺が飼ってたシロなのか!?」
「うん! シロだよ! ミツオくんからもらった青い首輪がお気に入りだったシロだよ! これ、この首輪だよ!」
「こんなにボロボロになっちゃ、わからないよ……天国に行ってもなくさなかったんだな。ありがとう。シロ……ああ、この頭の匂い、シロだ! なんかあまったるくて、眠くなるような匂い……」
「おっきくなったね、ミツオくん。元気で明るくて、友達思いなところは、あの頃とおんなじだ。僕が大好きなミツオくんだ……。ずっと、ずっといっしょにいたいけど……ごめんね、お別れだよ」
「どうして!? あ、俺の酔いが醒めるからか? ハジメちゃん! ビール買ってきて」
「ミツオ……」
俺は動けなかった。
「シンゴ。ミツオは猫妄想だから、こんなことを言ってんのか?」
ジロウが……いつも俺より頭が回るジロウが、ひどく冷静な声でシンゴに話しかけた。
シンゴはミツオを抱きしめて背中をさすっている。
「うん。猫と離れたくないって気持ちが強くなっちゃうから……僕、ミツオくんとも、ハジメくんとも、ジロウくんとも、おしゃべりするの楽しかった。でも、近くにいすぎたんだ……猫神様、お願いします!」
シンゴがミツオから離れた。
部屋の天井一面が白っぽくなった。
「僕を……僕を、天国に連れて行ってください!」
「うわ、まぶしい!?」
目を開けると、光に包まれたシンゴが天井を見上げている。
「シロ!? 待ってよ! 」
「ミツオくん。よく聞いて! もうお酒をたくさん飲んでも、僕はやってこないよ? 僕は……いなくなる直前までミツオくんに正体を明かさないズルくてバカな猫だけど、ミツオくんと毎晩おしゃべりできて、すっごくすっごく幸せだった!」
「俺も……俺も……シロにまた会えて、うれしかった……」
「ハジメくん。猫を飼うのもいいけど、猫妄想には気をつけてね」
「ああ、そうする」
「ジロウくんには……なにも言わなくていいか」
「なんでだよ!?」
「猫、好きじゃないんでしょ?」
「シンゴのことは、嫌いじゃない」
「えー、ホント?」
シンゴはうれしそうな顔をしている。
「当たり前だ! 毎晩、集まって騒いだ友達だろ。俺にとってシンゴは猫じゃない」
「ふふふ、そっか。それじゃあ、みんな。さようなら! 僕、人間になれて良かったよ!」
「シロ!」
「ミツオくん。空の上から見守ってるよ。はい、これ!」
シンゴは首輪を外すと、ミツオに手渡した。
「ときどき、これを撫でてほしいんだ。ミツオくんに頭をなでなでしてくれる気分になるはずだから、お願い」
「わかった、たくさんたくさん、撫でるよ」
「ありがとう、ミツオくん。ハジメくん、ジロウくん。ミツオくんと仲良くしてね」
シンゴの身体がひときわ輝いた……と思った直後、姿は消えていた。
「……シロー!」
「シンゴ、行っちゃったな……」
「首輪とサキイカお徳用を残してな……よし、食うか」
ジロウは、テーブルにあるサキイカに手を伸ばしている。
「ジロウ。食い意地張ってんなあ」
「サキイカ5本しか食ってないから腹が減ってんの。ほら、ミツオも食え」
「シロ……あー、なんかこのサキイカしょっぱい……」
「泣きながら食べてるからだよ」
ミツオは鼻をすすりながら、サキイカをしゃぶっている。サキイカを飲み込むと、シンゴが残していった首輪を優しく撫でた。
「これ……撫でると、シロを思い出すよ……幼稚園から帰ってきたらさ、いつも鳴きながら頭をこすりつけてきたんだ、あいつ。……なあ。ハジメちゃん、ジロウちゃん。俺、酒飲むのやめる。シロとの約束だから」
俺は頷いた。
「ああ」
「じゃあ、俺たちもそうすっかあ」
「なに言ってんだよ! ふたりは飲んでも大丈夫だろ?」
「いや。こう見えてもシンゴとの思い出はたくさんあるから、猫妄想からの猫妄想っていうのか? それが起こるんじゃねえかと心配だな」
「俺もだよ」
「ジロウちゃん。ハジメちゃん。ありがとう……」
「あ、そうだ!」
俺はスマホを取り出した。
「どうした、ハジメ?」
「メッセージ送信、と。お、返信来た! やったあ、OKだって!」
「誰になにを送ったの、ハジメちゃん」
「彼女に猫飼おうって言ったんだ。オスでもメスでも、名前は『シンゴ』にしようって条件つきで」
「シンゴが天国で笑ってるぞ」
「いちばんかわいがれる名前だからさ」
「ハジメちゃんが猫飼ったら、遊びに行ってもいい?」
「もちろん。ああ、こうなったら本格的にお酒を控えないとなあ。俺もミツオみたいに、猫大好きになりそう」
「じゃあ、みんな麦茶にするか?」
ミツオと俺はほぼ同時に、勢いよく返事する。
「うん。飲むー!」
「俺も飲むよ!」
ジロウがグラスに注いだ麦茶を持ってきた。
三人分の。
そうか、これからは三人になるのか……。
「おまたせ。これからは麦茶を飲みながら、シンゴを語る会になるのかあ」
「他にも話題あるよ!」
「なに?」
「俺がシロとの思い出をひたすらしゃべる!」
「おー、それは聞きたいな!」
ジロウが身を乗り出す。ああ、ジロウ。シンゴのこと、本当に嫌いじゃなかったんだな。
「ミツオ、シロだった頃のシンゴはどんな猫だった?」
「えっとね、ハジメちゃん。シロは青い瞳の白猫なんだ。『シロ』って呼ぶと、いつも鳴きながら俺についてきて……」
「ミツオ。ちょっと待て」
ジロウが立ち上がった。
麦茶を注いだグラスをひとつ持って、ミツオに手渡す。
「ミツオ。ほら、シンゴのグラスも持って」
「うん!」
グラスを、三人で掲げる。
「シロ、これからも俺たちといっしょにいてね」
三人で、四人分のグラスを。
「みんな、いくよ? せーの!」
「乾杯!」
【終】
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