飲み会、はじまり

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飲み会、はじまり

レジ袋を持ちながら歩いていると、ジーンズの尻ポケットに入れたスマホがしきりに震える。 おおかた、こんなメッセージが届いているのだろう。 『先に飲んでるー』 『ミツオが俺の酒まで飲もうとしてる!』 『ゆっくりでいいよ、ハジメくん』 どうして、みんなでしゃべるのって面白いんだろうな。 答えが出せないまま、俺たち四人は今夜も集まった。 「よお、遅れてすまない」 「かまわないよ、ハジメちゃん。入って、入って!」 「おまえんちじゃないだろ、ミツオ」 「ハジメくん、おつまみ買ってきた?」 「ああ」 今日は俺が最後にジロウの家に行くから、おつまみ買い出し係になった。 靴を脱ぎテーブルの前に座る。 俺がレジ袋から品物を出していくのを、ミツオ、ジロウ、シンゴの三人は、目を輝かせて見守る。 「シンゴがサキイカで」 「うん! これこれ。いただきます!」 「あーあ。頬張っちゃって……で、ミツオがからあげだろ?」 「そうそう! 塩と醤油のからあげセット! どっちから食べようかなあ」 「ジロウは……適当でいいんだよな。俺とおなじジャーキーにした」 ジロウの笑みが消えた。 「ちがうよ! たこわさだよ! 港屋のたこわさ三個パックだよ! ジャーキー、パサパサで嫌いなんだよ!」 「ああ、そうだった!」 「俺んちで酒盛りするのにー!? シンゴ、おまえのサキイカくれ」 「やだー」 「なんで酒が飲めないのに、サキイカお徳用を独り占めしてんだ! よこせよこせよこせ!」 「やだー」 小柄なシンゴはサキイカの袋を持ったまま、素早くミツオの後ろに隠れた。 「ジロウちゃん、俺の塩からあげ、あげるー! ほら、鼻をふくらませて! はい、フーン!」 「やめろ!? からあげは鼻に入らん! ……ミツオの奴、もう酔っ払ってるな」 ミツオの近くには、ビールの空き缶がいくつかある。相変わらず飲むペースが早いなあ。すぐに酔っ払うのに。 「あー、それじゃふたりに相談しようかな?」 「ハジメちゃん、俺もカウントしてよー」 ミツオが俺の肩に乗っかってきた。シンゴがミツオの後ろから顔を出す。 「なにー? 同棲してる彼女と別れるのー?」 「こらっ、シンゴ。そういうデリケートな話題を口にするな! ……ハジメ、何があったんだ?」 「いや、そんな深刻な悩みじゃなくてさ……なあ……猫って、かわいいのか? 彼女が飼いたいって言うけど、俺ペット飼ったことなくて」 「猫? 俺はあまり好きじゃないな」 さすが、ジロウだ。自分の気持ちをはっきり言う。 「ジロウくん、ひどいよー!」 「ひどいってなんだよ」 「猫ちゃんかあ。子供の頃に飼ってたなあ。かわいかったなあー」 ミツオは笑って缶ビールを持ったまま、横になっている。 「ミツオくんの言う通り! 猫って、すっごくかわいいよ!」 シンゴが拳を握り、立ち上がった。興奮した様子だ。 お、なんだ? 演説か? 酔っ払い特有の演説か? でも、シンゴは酒を飲んでないよな。 「みんな『猫はツンデレ』とか言うけど、飼い主さんが大好きな子ばかりだよ! おとなしくお留守番できる! 飼い主さんがさみしいときはスリスリできる! 尻尾が長い子なら、飼い主さんに絡ませるんだよ! 僕の尻尾は短いからできないけど……」 「僕の……?」 「尻尾……?」 俺とジロウは固まった。 あれ、シンゴ酔ってる? まさかな。 ミツオが起き上がり、シンゴの肩を叩く。 「あはははは、シンゴちゃん! 酔っ払ってんの? 自分が猫ちゃんみたいな言い方してる」 「ドキリ!?」 「そういえばシンゴちゃんって、いつも猫ちゃんの首輪みたいなチョーカーつけてるね」 「これは、チョーなんとかじゃなくて、本物の首輪なの!」 ん? 首輪のデザインしたチョーカーという意味なのか? 「本物の……って、そういや……それ、使い込んだ感じだよな? シンゴはそっちがイケるのか?」 「そっちってどっちなの? ジロウくん」 「言わなくていいよ。なんとなく、シンゴはそうかなって思っていたからさ。わかるわかる」 「ちょっと、僕のこと誤解してない!?」 「してないしてない」 「してるしてるしてる!」 缶チューハイを飲むジロウは、笑みを浮かべている。 あー、サキイカの恨みだな、これは。 「と、とにかく、これは僕の大切な首輪なの! ……ミツオくんは覚えてないと思うけど……」 「ふーん、相手はミツオかあ……」 「ジロウくん、なにその目つき!?」 「なんにもー?」 「んー? 俺、酔っ払いだから、いろいろ忘れてるかもー」 「もう! ミツオくんには酔っ払ってほしいけどさ。缶ビール5本は飲みすぎだよ。匂いで僕まで酔っ払いさんみたいになったよ……」 ジロウが缶チューハイを置くと、立ち上がった。 「窓開けてくる。クーラーかけてるから少ししか開けられないけど、換気にはなるだろ」 「あ、ありがとう。ジロウくん」 「お礼に、サキイカ20本な」 「えー、10本にして」 「仕方ねえなあ……」 ジロウはリビングを出ていった。 俺は、サキイカをまとめて食べているシンゴに話しかけた。 「ジロウはなんだかんだ言って、優しいな」 「うん」 「おまえもだよ、シンゴ」 「え?」 「下戸なのに、大酒飲み三人のバカ話に毎晩付き合ってくれるんだから」 「僕、みんなといると楽しいから」 「そっか」 「ミツオくんがお酒を飲めるようになったから、僕がいるんだ……」 「え?」 うーむ、意味がよくわからないぞ。 俺も酔ってきたのか? 突然、ミツオがシンゴに抱きついてきた。 「うわぁん! からあげ食べ終わっちゃったー! シンゴちゃん、サキイカちょうだい!」 「うん、あげるー!」 ジロウが戻ってきた。 「おまたせ……って、な……!? シンゴ、おまえ。俺にはサキイカをよこすの渋ってたのに、ミツオにはホイホイやるのかよ!?」 「ジロウくんにもあげるよ」 「お、そうか!」 「はい、5本」 「減ってるぞ!? 10本って言ってただろ!」 「あははは」 俺はジャーキーを食べながら、三人を見つめていた。 やっぱ、楽しいなあ。みんなといると。 飲んでしゃべって、飲んで寝て。 「シンゴは相変わらず、ミツオには甘いなあ」 「うん! ミツオくんが幼稚園児の頃から、僕たちはお友達だからね!」 「んー? シンゴちゃん。俺たちは大学からの仲でしょー?」 ミツオの言う通りだ。シンゴと俺たち三人は、大学生の頃に偶然出会ったんだ。 「あ、ああ、そうだった! そうだったね。うーん、僕まだ酔っ払いさんかもー」 「この部屋、まだ酒臭いか?」 「臭うよ! みんなにはわからなくても、猫は鼻が効くんだからね!」 「猫?」 「猫?」 俺とジロウは固まった。 また、シンゴ、よくわかんないこと言い出したな。 「えー、シンゴちゃんは酔っ払うと、猫ちゃんになるのー?」 「う、うん、そうなんだ!」 「そっかあ、虎さんじゃなくて猫ちゃんになるのかー」 「う、うん! 虎じゃないよ! かわいい猫になるんだ!」 「……おい、シンゴ」 「なに、ジロウくん」 「尻尾、見えてるぞ?」 「嘘!?」 シンゴはジロウが指差す、自分の尻を触った。 「ミツオくんはちゃんと酔っ払ってるのに、そんなはずは……って、なんだあ。僕、ちゃんと人間になってる……あ、しまった!」 「白黒はっきりつくかと思って、カマかけたんだが……マジかよ」 「ジロウ……まさか……シンゴは……」 それ以上、俺は言えなかった。言い出す勇気がなかった。 「まちがいない。シンゴは……」 「言わないで……ジロウくん」
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