プロローグ 鶴葉下《つるはげ》さんの悲劇

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 五十年前のことです。  東京都玉山市当麻町(とうきょうとたまやましとうまちょう)の当麻駅の近く。鶴葉下照光(つるはげてるみつ)さんという三十歳くらいのひとり暮らしの男性がいました。おとなしく無口な性格でした。いつも下を向いていたと、当時を知る人は語っています。  この人は「鴨下電機(かもしたでんき)」という電化製品の部品工場で働いていたわけですが、誰も彼のことを本名で呼ぼうとはしませんでした。 「ピッカリピー」「ツルリン」 などと同僚たちがひどい悪口を浴びせていたのです。  鶴葉下(つるはげ)さんは、なんと言われても黙って下を向いたまま、黙々と仕事を続けていました。  すると同僚たちは怒りだして、 「このツルめ!」 「髪の毛がないばかりか耳も悪いのか!」  そんなふうにもっとひどい悪口を浴びせるのでした。鶴葉下さんは、髪の毛が薄く、耳の回りと後頭部に少しばかり残っているだけでした。  だからといって鶴葉下さんには、なんの落ち度もありません。真面目な人間です。それなのに卑劣な会社の人たちは、鶴葉下氏へのいやがらせを止めようとはしませんでした。  やがて心ない町の人々までが、面白がって鶴葉下さんをいじめるようになったのです。  工場へ行く途中。帰り道。  子どもも大人も、鶴葉下さんを見つけると一斉に駈け寄って来て、 「こら、ツルピカテルマン!」 「また悪いことをたくらんでるな」 「髪の毛のない悪党め! 昨日、坂本さんの家に空き巣が入ったが、あれはお前のしわざだろう。白状せんか!」  なんという人権無視。なんというひどい話でしょう。町の人たちが寄ってたかって、おとなしい鶴葉下さんをバカにしていじめたのです。絶対に許されることではありません。  
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