ぜったいぜったい

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ぜったいぜったい

「これでいいのか?」 直人は同級生の拓から一冊のノートを受けとる。 「ありがとう」 そう返してそのノートをぎゅっと抱き締めた。 「でもどうして、そんなことすんの?直人には関係なくない?」 「関係なくなくないよ。僕はどうしてもやりたいんだ」 「ふうん。まぁ叶ったらちょっと夢あるよな。俺も協力してやるよ」 「ありがとう!」 直人と拓はその後も同学年の四年生の署名を集める。それを始めたのは五月も終わりに差し掛かった頃だった。この年に流行した新型コロナウイルス騒動は少しずつ収束に向かっていたが、その騒動の余波で三月には休校になり、長い春休みとなった。直人には三月に楽しみにしていたことがあった。それは休校措置により、あっさりと崩れ去った。 署名を集めようと思った理由の一つがそれ。もう一つは昨夜の兄優也との喧嘩だ。発端はゲームの取り合いだった。いつも通りの喧嘩だった。だが、優也はすぐに折れた。 「いいよ。直人が遊べよ。俺、もう中学生だし」 直人が三年生だった三月まで一緒に小学校に通っていた優也はそう言い捨てた。兄が遠くに行ったような寂しげな気持ちを抱えた直人はこう言い返した。 「ちゃんと卒業式できなかったくせに」 「そんなのみんな同じだよ。無理なものは無理だったんだよ」 休校措置で卒業証書は教室で担任から受けとるだけで終わった優也は、卒業式を経験せずに中学生となった。それは現実だ。ただ直人には寂しくて仕方ない。優也の小学校の卒業式は兄弟二人が同じ場にいたはずのただ人生で一回の卒業式。直人の入学式には優也がいてくれた。中学生になっても高校生になっても二人が揃う入学式も卒業式はもうない。 「いいもん……」 直人もゲームで遊ぶことはせずに本棚の漫画に手を伸ばした。二人一緒に育った一つの部屋。そこに掛けられた中学の学生服。優也だけ先に大人になっていくのが悔しかった。
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