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うろこ雲が広がる、夕暮れどきの閑静な住宅街。仕事を終え、きれいに整備された道路の脇道をいつものようにゆったりと歩き、僕は家に帰ってきた。家に帰ってきたことにほっとして玄関で靴を脱いでリビングに向かう。リビングの扉を開けると左側にキッチンがある。そこで僕の母さん、広瀬美奈子は夕御飯の準備をしていた。
「おかえりー」
僕の扉を開けた音に反応してこちらには振りかえらずに、母さんは声だけ投げかけて夕御飯の準備をしている。火にかけた鍋の蓋を開けたり、ネギを切ったりと手を止めずにせかせかと忙しそうにしていた。
「ただいま、母さん」
そんな母さんを見つめながら、僕は声をかける。
「純が帰ってきたってことは、もう十七時半くらいか……お父さん、帰ってくるまでに夕御飯ができるかなー? 今日うっかりお昼寝しちゃったのよねー……どうしよう……間に合うかな……」
せかせかと動く手を止めないまま、時計を見ないで、いつも十七時間に半に帰宅する僕の『ただいま』の声で、現在の時刻を理解しているようだ。
「あ! 純のお弁当はそこね!」
鍋の火加減を調整する手とは逆の手で指を差し僕に声を投げる。そう言われ僕は母さんの指差すリビングの机を見た。そこには保冷バッグに入ったお弁当が、いつもと同じように机の隅に置いてあった。
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