老兵、秋風暖かし

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太祖武帝が崩御されて早や三月(みつき)。 拝命した大将軍の()。 陛下の(のたま)わんと欲するところは、わきまえているつもりだ。 もはや私が軍政に(たずさ)わることはない。 赤壁の大敗から魏は見事に復活した。 動かぬことだ。 動かなければ、2つの小国は勝手に転ぶ。 唯一、懸念があるとすれば仲達(ちゅうだつ)。 陛下は奴を重用(ちょうよう)されるだろう。 返す返すも惜しいのは、文若(ぶんじゃく)公達(こうだつ)を失ったことか。 彼らが健在であれば仲達の出る幕はなく、諸葛亮(しょかつりょう)陸遜(りくそん)は恐るるに足らず。 しかし魏には未だ長文(ちょうぶん)あり。 彼に任せておけば国はいよいよ頑健になろう。 武皇帝に付き従い、長い戦いの人生であった。 戦も政治も下手だった。 多くの部下を死なせた。 しかし職の上下、敵味方を越えて友を得た。 文遠(ぶんえん)公明(こうめい)、立派になった。 彼らに任せておけば軍はますます強壮。 陣に師を招き、必死に政治を学んだ。 実になったかどうかは分からぬ。 しかし都に帰還する度に、文若が褒めてくれた。 彼の取り成しで、国政に参加することもできた。 彼ほどの才を私は他に知らぬ。 どうしても敵わぬと匙を投げたのは関雲長(かんうんちょう)。 軍を対峙させて会話が成立したのは彼だけだった。 楽しかった。 こんなに穏やかな日々を最後に過ごせるとは思わなかった。 妙才(みょうさい)よ、地下で楽しくやっているか。 父よ、母よ。 私は精一杯武皇帝に尽くし、力の限りこの生を駆け抜けました。 気持ちの良い風だ。 さて、老兵はここらでお(いとま)させてもらおう。
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