20人が本棚に入れています
本棚に追加
地獄の要塞
都会から車を走らせ45分。
フロントガラスから見えていた景色は、立ち並ぶビル群から一変し、水をはり、青い苗が揺れる田園風景へと変わっていった。
暫く続いたその風景は、目的地に向かう道程にしてはのどかすぎて、スペアリングを握る玉出清瀧(たまでせいりゅう)は弛緩していたのだが、目的地までの距離を伝えてきたカーナビの声によって、息つく暇もなく離れた緊張が戻ってきた。
目的地、前方5M先。
視界に入ったのは、外界からの人間を拒むように厚いコンクリートに囲まれた要塞の姿。
【○✕刑務所】
分厚い板に黒い墨で書かれた看板を横目に、ゆっくりとスペアリングを操り、門の前でブレーキを踏むと同時に車のエンジン音がゆっくりと疲れ果てた音を立て消えていく。
しんと静まる車内は僅かな音でも大きく感じた。
シートを少し倒して寝ていた同乗者が消えたエンジン音に気づき起きたのだ。
「千歳先輩、着きましたよ?」
「ふぁ〜…」
花筐千歳(はながたみ ちとせ)は大きな欠伸をしながらシートベルトのロックを解除し、長時間身体を拘束していたベルトはあるべき場所へと戻っていく。
キーを抜き、二人は同じタイミングで車から降りると、勢いよく閉めたドアにロックがかかる。
「でけーな…せいちゃん」
「えぇ、全国で1番大きな刑務所ですからね」
せいちゃん。と清龍を親しげに呼んだ千歳は、30歳には見えない幼い顔で笑い、凝り固まった身体を開放するように、大きくその身体を伸ばす。
そんな千歳を横目に見ると、少しズレたメガネを指で直し、緩めたネクタイを締めながら清瀧は不服を募らせた答えを放つ。
「まぁ、容疑者を送検してしまえば刑事はノータッチですからね…来た事もないんじゃないですか?」
「…なんか…せいちゃん、出発から冷たくない?」
「そうですか?」
少し拗ねた口調で返された言葉に素っ気ない返事で誤魔化し、後部座席に乗せていたリュックを背負うと勢いよくドアを閉めると、頬を膨らませルーフに頬杖を付く千歳と同じポーズをとり、にっこり笑うと溜まっていた毒ガスを吐く。
「何が悲しくて千歳先輩の好きな人を自由にする為に、僕が動かなきゃならないんですか?検事正も検事正だ僕の気持ちを知ってて話を振ってくるんだから…冷たくもなります」
「…なんだよそれー」
ここに辿り着くまでの間、清瀧の愚痴を大人しく聞いていた千歳だが、ルーフを叩いたと同時に我慢という名の糸が切れ、大股で毒を吐き切った清龍の元へ歩くと、千歳は、頭一つ高い男を蛇のように瞳を細くし鋭い視線を送る。
その視線に耐えられず、明後日の方向に視線が泳いだのだが、それを許さない千歳の指は、清龍のネクタイを掴み視線を合わせるように引っ張ると、少しトーンダウンをさせた声でもう一度『せいちゃん』と名前を呼ぶ。
「嫌ならいいんだよ?別に…」
流れてきた指が、背広の襟を掴み、凍てつく冷笑をうかべると、融通の効かない清龍に言い放つ。
「せいちゃんの変わりなんて…いくらでもいるんだから」
ね?千歳の纏うオーラと視線は、絶対服従を忘れた清龍の底に存在する見えない鎖を引き上げる。
学生の頃から変わらないこの圧力は、きっと育った環境のせいなのかもしれない。
千歳の一家には、警察官僚も多く、件を清龍に頼んだ検事正は叔父、千歳が捜査2課に配属されたのも、親や親戚の七光りって噂が警察管内で一人歩きするぐらいだ。
わかりましたとなんとか振り絞って出した清瀧の言葉に満足した千歳はニッコリといつもの笑顔に戻し、制服を着た門番たちの視線に気づいた二人は門番の元へと歩いていった。
「先日連絡した検事の玉出清瀧と」
「警視庁捜査二課の花筐千歳です」
警察手帳を出した千歳に、お疲れさまですと背筋を伸ばし敬礼した。
傍らに立っていたもう一人が、ぶら下げていた鍵を取り、鎖で固められた鉄格子の鍵を開ける。
ジャラジャラと重い音を鳴らし鎖が外れ、ゆっくりと錆びついた鉄格子の音が響く。
どうぞと門番が要塞へと通ずる扉が開き、門番を先頭に千歳、清瀧が中へと入った。
最初のコメントを投稿しよう!