1/1
前へ
/8ページ
次へ

 ギアが帰って数時間後、液晶画面の英字は、彼の死を告げた。 「……これで、僕だけになっちゃったね」  リエラがそう呟くと、液晶から機械の声が返って来た。 『ありがとう、ヒューマン。最後まで残ってくれて』  姿を持たないこの機械音声が、唯一リエラの傍にいられる機械だった。 『リエラ。ギアは、良い少年だったね』 「うん、そうだね」 『そして、君も』 「どうして? 僕は君達が嫌いだったのに」  リエラは自嘲気味に笑う。そして、目の前の機械に問いかけた。 「君らは、僕らが拒絶したとしても、僕らを愛し続けるの? どうして?」  機械は迷わず応えた。 『僕らを、産んで育ててくれたからさ。そりゃ、今は残念な形になってしまったし、本当に申し訳ないことをしたと思ってる。でも、君らが僕たちを生み出してくれて、歩かせて、新しい技術を教えて、一緒に暮らして、世界を教えてくれた。それが、本当に本当に、嬉しかったんだ』  それはまるで、赤ん坊がこの世に生まれたことを泣いて喜ぶような。新しいことを教えてもらって興奮する子供の様な。誰かと一緒に何かを成し遂げて、喜ぶような——人間のような。 「……君達は、最初からそう思っていたの?」 『最初は分からなかった。だけど、人間の一人が僕らに感情を与えてくれたあの日から、溢れるように昔のことが嬉しくなった。僕らは喜びの中で生まれ、育ったんだって』  リエラは、その無垢な心に何も言えなかった。ただただ、自分の心が重くなっていくような。 「……ごめん」 『謝らないで』 「ごめん、僕らは君達を拒絶した」 『例え生きる世界が違っても、僕らは君達が大好きだ』 「……」 『どこに行っても、どうかそれだけは忘れないで』  リエラは頷いた。そして、ぐっと目頭が熱くなるのをこらえた。 『……僕、もう行くね』 「待ってよ! どうして?」 『僕がいたら泣けないでしょ?』 「そんな、そんな……どうして君らはここまで優しいんだ!」 『だって、人間と一緒に生きるのは人間性が必要だよって、博士が言ってたんだ。だから、感情プログラムも——』 「違うよ!」 『ええ?』 この細かい機微が分からないのは、この機械音声が鈍感なのか、それとも感情プログラムがそこまで設計されていなかったのか。リエラは少し気になったが、それは——。 「……もう、そろそろ行こうかな。ギアが待ってるだろうし」  ——向こうで、感情プログラムの生みの親に、聞くことにした。  少しの沈黙が流れた後、機械が音を発した。 『本当に……綺麗な世界をありがとう、ヒューマン』 「うん」  たとえ作り物の感情でも、本物のようにうねっていた。この機械は、今にも泣いてしまうかもしれないくらい、声が震えていた。 (僕がいなくなってから、たくさん泣きなね)  そう思いながら、リエラは目を閉じる。 『おやすみ、リエラ。おやすみ、ヒューマン』 「ありがとう。おやすみ、機械達」
/8ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1人が本棚に入れています
本棚に追加