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7
ギアが帰って数時間後、液晶画面の英字は、彼の死を告げた。
「……これで、僕だけになっちゃったね」
リエラがそう呟くと、液晶から機械の声が返って来た。
『ありがとう、ヒューマン。最後まで残ってくれて』
姿を持たないこの機械音声が、唯一リエラの傍にいられる機械だった。
『リエラ。ギアは、良い少年だったね』
「うん、そうだね」
『そして、君も』
「どうして? 僕は君達が嫌いだったのに」
リエラは自嘲気味に笑う。そして、目の前の機械に問いかけた。
「君らは、僕らが拒絶したとしても、僕らを愛し続けるの? どうして?」
機械は迷わず応えた。
『僕らを、産んで育ててくれたからさ。そりゃ、今は残念な形になってしまったし、本当に申し訳ないことをしたと思ってる。でも、君らが僕たちを生み出してくれて、歩かせて、新しい技術を教えて、一緒に暮らして、世界を教えてくれた。それが、本当に本当に、嬉しかったんだ』
それはまるで、赤ん坊がこの世に生まれたことを泣いて喜ぶような。新しいことを教えてもらって興奮する子供の様な。誰かと一緒に何かを成し遂げて、喜ぶような——人間のような。
「……君達は、最初からそう思っていたの?」
『最初は分からなかった。だけど、人間の一人が僕らに感情を与えてくれたあの日から、溢れるように昔のことが嬉しくなった。僕らは喜びの中で生まれ、育ったんだって』
リエラは、その無垢な心に何も言えなかった。ただただ、自分の心が重くなっていくような。
「……ごめん」
『謝らないで』
「ごめん、僕らは君達を拒絶した」
『例え生きる世界が違っても、僕らは君達が大好きだ』
「……」
『どこに行っても、どうかそれだけは忘れないで』
リエラは頷いた。そして、ぐっと目頭が熱くなるのをこらえた。
『……僕、もう行くね』
「待ってよ! どうして?」
『僕がいたら泣けないでしょ?』
「そんな、そんな……どうして君らはここまで優しいんだ!」
『だって、人間と一緒に生きるのは人間性が必要だよって、博士が言ってたんだ。だから、感情プログラムも——』
「違うよ!」
『ええ?』
この細かい機微が分からないのは、この機械音声が鈍感なのか、それとも感情プログラムがそこまで設計されていなかったのか。リエラは少し気になったが、それは——。
「……もう、そろそろ行こうかな。ギアが待ってるだろうし」
——向こうで、感情プログラムの生みの親に、聞くことにした。
少しの沈黙が流れた後、機械が音を発した。
『本当に……綺麗な世界をありがとう、ヒューマン』
「うん」
たとえ作り物の感情でも、本物のようにうねっていた。この機械は、今にも泣いてしまうかもしれないくらい、声が震えていた。
(僕がいなくなってから、たくさん泣きなね)
そう思いながら、リエラは目を閉じる。
『おやすみ、リエラ。おやすみ、ヒューマン』
「ありがとう。おやすみ、機械達」
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