夜に

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夜に

 先輩から受けた注意で毎日のようにトイレで泣いている。二十歳を過ぎ、恥ずかしいと思いながらもやめることができない。  目を腫れぼったくして家に帰るのが日課になっていた。家までの道は今日やってしまったミスのカバーの仕方を考えることばかりで、頭が鉛のように重く感じた。  コンクリートに染み付いた汚れが先輩の顔に見えてくるのが嫌で、急いで顔を上げると、歩いている人が少なくなっていた。酔っぱらいが電柱に頭を何度も押し付けているのを横目に歩くと、いよいよ誰もいなくなった。  ここ何年か誰にも言えないことがある。夜にこの奥の駐輪場から必ず男の叫び声が聞こえていた。泣き叫んでいるようにも感じられる。気味が悪いと思いながらも余計なプライドのせいで誰にも相談出来ていない。  満月。今日はいつもに増して、明るく照らされている。日に日に男の泣き叫ぶ声が大きくなっているように感じた。叫び声は耳鳴りのように、脳にしつこく残る。真っ直ぐ進むところを右に曲がり、奥の駐輪場を覗く。満月は人の心を狂わせるという話をもう10回ほどは心の中で唱え、いつもなら避けて通るあの駐輪場へ自ら足を進めた。  まるで誰かに追われているかのように小走りで駐輪場の前まで行くと、制服を着た高校生くらいの男の子が見えた。後ろ姿のようだった。叫び声は急に止まり、代わりに男の子の姿が小さくなっていく。泣き叫ぶ声を惜しむように、いつの間にかその子の後を追いかけていた。
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