手紙

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 ジローの手紙の文字は、手紙を交換し始めてからグングン上手になり、中学2年になった頃には、普通の生徒より綺麗に整った文字を並べられるようになっていた。文章の内容も、少しづつ変化していた。  ジローの家は市街地から3キロくらい離れた山の上にある農家だった。 『夜、風がびゆおおうううごごううう、と泣きながら山からおりて来て、オレは外に出てみたら、ハウスのビニールがぶるぶるぶるるるる、と怖がっていた。風はぶおおおおおおおん、ぶおおおおおおおん、と大きな声で怒鳴りながら川の方へ走って行った。ミューちゃんは大丈夫かなあ寝てるかなあ。』 『家のトウモロコシ畑に熊が出てだいぶ食われたと父ちゃんが言った。熊がトウモロコシを食べるの見てみたい。熊といっしょにガリガリとトウモロコシかじったら楽しそう。』 『ねずみとりの中にいたねずみが悲しい目をしていて元気がなかったから逃がしてやったら父ちゃんが怒った。あんまり怒ってオレを殴るからオレも父ちゃんを殴った。父ちゃんが先生に言ってやるって言った。』    ジローの手紙は面白かった。中学2年の秋、川本先生から 「まだジローと手紙交換してるの?」 と聞かれた。 「してますよ。最近、字も文章も、とても上手になったなと・・・先生、一緒に書いてくれるんじゃないんですか?」 「夏休み前までは手伝ってたけど、もう今は手伝ってないよ。」  私は驚いた。ジローが一人で書いた手紙には、ジローの豊かな感性がにじみ出ていて、素直な表現が印象的で詩のように美しかった。  私はジローへの手紙に絵も同封してみた。ジローもきっと絵を描いてくれると思ったから。  大好きなジローへ 今日、朝起きたら家の裏にある紅葉(もみじ)の葉っぱが赤くなっていました。とてもきれいなので絵に描いてみました。ジローも気が向いたら絵を描いてね。葉っぱは赤くなった時、どんな気持ちなのかな。赤くて嬉しいかな。もうすぐ落ち葉になると思って悲しいかな。ジローはどう思う? ミユキ  その返事は意外なものだった。  大好きなミューちゃんへ オレは紅葉の赤い色は知っています。オレは紅葉の赤い色だからです。オレはだんだん赤くなって来て今は嬉しいです。父ちゃんはもう落ち葉なんだと。そのうち土になるって言った。父ちゃんは落ち葉が好きだって言った。落ちてしまったら、もう落ちないから安心なんだと。  ジローの手紙と一緒に一枚の色鉛筆で描いた絵が入っていた。ぐちゃぐちゃになった落ち葉らしいものの隙間に父ちゃんの目が二つ描かれていた。  ジローの真っ直ぐな感性が痛々しく、私は訳もない戸惑いを感じた。以来、私もジローも時々は手紙と一緒に絵を入れたりした。詩人として画家としてのジローは私よりずっと天才だった。ハラハラするくらい思い切りが良く迷いなく、露出した神経で感じたままを描いていた。
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