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 月をまっすぐにとらえながら歩いているうちに、三匹は森を出て、すっかり人気の失せている夜の公園の中を、きょろきょろと辺りを窺いながら歩いていました。  いくらも歩かないうちに、先頭を歩いていたアルマンが、いきなりギクリと立ち止まったので、すぐ後ろを歩いていたコレットはアルマンのリュックに、そしてコレットのすぐ後ろを歩いていたジェラルドはコレットのお尻に、それぞれ思いきり鼻先をぶつけてしまいました。  これにはさすがのコレットもはっと我に返り、ぶつけた鼻先をさすっているジェラルドを気にしつつ、アルマンの顔を後ろからのぞき込むようにして尋ねました。 「あなた、急に立ち止まったりして、いったいどうしたの?」  見ると、アルマンはぶるぶると震えながら全身に汗を滴らせ、まっすぐ前方を見つめたまま、体を固く硬直させてしまっています。コレットはアルマンの視線をたどっていき、アルマンが何を見つけたのかを確認すると、あっと息を呑んで、やはり体を硬直させてしまいました。 「ねぇ、どうしたの? いったい何があるの?」  ジェラルドは両親が見ているものを自分も見ようとして、アルマンとコレットの間からひょいと顔を覗かせました。するとすぐ目の前の白いベンチに、一匹の猫が座っているではありませんか!   ジェラルドは噂に聞いていた恐ろしい猫を初めて目の当たりにして、思わずきゅっとしっぽを固めて立ち尽くしました。しかし、よく見てみると、どうやら話に聞いていた猫とは様子が違っているようでした。アルマンとコレットも、恐ろしさに体を震わせながらも、自分たちが知る猫とはなんだか雰囲気の違っているのを見て、奇妙な表情を浮かべました。  柔らかな外灯の光に照らされたその猫は、シルクハットをかぶり、タキシードをきっちりと着込んで、ピカピカに磨き上げられた靴を履いた二本の足をゆったり組んで座っていました。傍らには月のようにキラキラ光る大きな猫目石のついたステッキと、蓋つきの籐製のバスケットを置いていました。おまけに、洒落たティーカップの細い持ち手を器用につまんで、湯気の立つお茶まで飲んでいるのです。その姿は猫というよりは、まるで人間でした。 920eebe9-f889-47d1-8feb-ac4df4dcec51  猫はいかにも楽しそうな様子で、夜空の明るい月を眺めていましたが、不意にその金色に輝く瞳を、くるりと野ねずみの一家に向けたので、その奇妙な猫をじっと見ていた三匹は、今にもつかまって食べられてしまうとばかりに大慌てで逃げ出そうとしました。  ところが、思いがけず優しい調子の声が、一家の動きをハタと止めました。 「やぁ、皆さん、こんばんは」  野ねずみの一家は、恐る恐る振り返りました。するとあの不思議な猫が、穏やかな微笑を浮かべた瞳で、こちらを見ていました。三匹はガタガタと震えながら互いに顔を見合わせていましたが、一家の長らしくアルマンがごくりと唾を呑み込んで、挨拶を返しました。 「こ、こんばんは……」  猫は嬉しそうに瞳を細めました。  実のところ、ジェラルドはその三日月のような瞳を見た瞬間、すっかりこの不思議な猫のことが好きになっていました。けれど、両親はやっぱりびくびくと警戒を解く気配もなく、いつでも逃げ出せる準備を整えていました。  猫はそんなアルマンやコレットにはお構いなく、相変わらずにこやかな調子で言葉を続けました。 「今夜はいい月夜ですね。秋らしく空気が澄んで、月も眩しいばかりに輝いて」 「え、えぇ、ほんとうに……」 「いかがです? ご一緒にお茶でも。バターをたっぷり使った松の実とパルメザンチーズ入りのクッキーもあるんです」  それを聞いた途端、ジェラルドはもう我慢の限界でした。お腹がきゅうきゅうと大きな音を立てるやいなや、ジェラルドは素早く両親の間をすり抜けて、ちょこちょこと猫の元に駆け寄って行きました。 「ありがとう、猫さん。ぼく、いただくよ!」  息子の行動にびっくり仰天したアルマンとコレットは、大慌てでジェラルドを追いかけました。
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