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「あの、とても信じていただけるかどうかわからないんですけれど、でも考えてみれば、今こうして皆で一緒に過ごしていることだって、普通ならとても信じられるようなことじゃありませんものね。ですから思い切って申し上げてしまいますけど、わたし達、月に行こうと思って家を出てまいりましたの」 「ほほぅ、月にですか」  シャルルは興味深そうに目を大きく見開きました。その様子がとても真摯なものに見えたので、コレットは勇気を得て、話を続けました。 「シャルルさんはご覧になったかどうか存じませんけれど、今日のお昼間、そう、お昼だと言うのに、空に月が浮かんでいましたの。白い月ですわ。わたし、はじめ息子がそう言いましたとき、まったく信じませんでしたの。でも、主人が食糧集めから帰って来て、息子と同じことを言うものだから、外に出て空を見上げてみましたの。そうしたら、ほんとうに月が出ているじゃありませんか。ぼんやりして、どこか悲しげで、まるで現実じゃないみたいな気分にさせられましたわ。それで、その月をじぃっと見つめておりましたら、わたし見つけてしまいましたの。その白い月の中に、もう一匹の息子が……わたし達の、死んだ息子がおりますのを」  そう言い終えると、コレットの胸にはまるで突然大きな石が転がって来てつっかえたようになり、瞳には再び絶望的な涙が浮かび上がってきました。そのせいで言葉に詰まってしまったコレットに変わって、アルマンが重い口を開きました。 「もう一匹の息子というのは、この子の双子の兄のギィでしてね。ええ、そうなんです。我々夫婦は、なかなか子供に恵まれなかったのですが、念願かなってこの夏の終わりに、やっと子供を授かったんです。大切な子ども達を守ろうと、我々は必死でした。特に口を酸っぱくして、巣の外には出ないようにと言いつけていたのですが、あるとき、我々がほんの少し目を離したすきに、何を思ったのかギィが外に出てしまったのです……。とてもしっかりした子だったから、あの子にかぎってと我々も油断してしまったのがいけなかった。しっかりしている分、独立心も旺盛だったのかもしれません。早く自立したかったのかもしれません。とにかく、ギィは外に出てしまった。そこを運悪く近くを通りかかっていたヘビに見つかって、一口に飲まれてしまったんです」  コレットは力なくうなだれてアルマンの言葉を黙って聞いていましたが、ギィがヘビに飲み込まれた辺りに話が差しかかると、顔を覆って嗚咽を漏らし始めました。アルマンはコレットのそばに歩み寄ると、しきりに泣く妻の肩を抱き、背中をさすりながら話を続けました。 「ギィを失ったことは大変なショックでした。しかし、世の中というのは厳しく残酷なものであると言うことも、しがない野ねずみでしかない我々は、よく承知しているつもりです。悲しみは悲しみとして、終生消えることはないでしょう。ですが、こうなってはもう一匹の息子、ジェラルドをこそ気に掛けねばならないことも事実です。なにしろ、この子は双子の兄を失ったばかりか、その死の瞬間さえも目撃してしまったのですから」  アルマンの話の途中から、小さく体を縮めるようにしていたジェラルドは、そこでとうとうしっぽを体の前で抱きしめ、ぎゅっとまぶたを閉じました。8ac85ef8-c421-4ece-b9ed-a96ae3aca8ed 泣いていたコレットは顔を上げると、まるい小さな耳を倒すようにして震えているジェラルドを、自分の胸に抱き寄せました。そしてまるで傷ついたジェラルドの心をいたわるように、息子の頭を撫でながら、 「ギィが外に出て行くのを見て、この子も兄の後をついて外に出て行ったそうなんです。ギィより少しばかり遅れて表に出て見ると、ギィはもう五十センチばかり先に立っていて、声を掛けようとした瞬間、突然木の葉の陰からヘビが踊り出して……」  ジェラルドはコレットの胸の中で、耳をふさいで体を丸めました。 「我々としては、この恐ろしい体験が、この子のトラウマにならないことを祈るばかりです。しかし事件の直後こそ食事ものどを通らないありさまで気を揉みましたが、幸いなことに、日に日に元気を取り戻してくれましてね。まぁ、今のようにあの日のことを思い出したりなんかすると、こんな風に恐ろしがりはしますが、そんなことは誰でも皆そうでしょう。とにかく、我々としては後に遺ったこの子を、全力で育て上げるまでです」  シャルルは真剣な面持ちで耳を傾けていましたが、アルマンが話し終えると、二、三度頷いて、この秋の夜気と同じように透き通った眼差しをジェラルドに向けました。 「大変なことでしたね、ジェラルド」  囁くほどの静かな口調に、ジェラルドは顔を上げ、シャルル・ド・ラングを振り仰ぎました。シャルルの金色の瞳は静かな月と同じ色で、何もかも見透かして優しく包み込むようでした。ジェラルドは不意に大声を上げて泣き出したい気持ちに駆られましたが、アルマンが話の続きをしゃべり始めたので、コレットの胸の中でじっと我慢をしました。
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