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 歓喜に沸くコレットを先頭に、まだ信じられない表情を浮かべるアルマンとジェラルド、そしてシャルル・ド・ラングは、その白く光る階段を登り始めました。 「さぁさぁ、あなた、急いでくださいよ! ジェラルドも遅れないで!」  慌ただしく先を急ぎながら、後ろを振り返って興奮気味に叫ぶように言うコレットに、シャルルはステッキを持つ手を振りました。 「ジェラルドのことなら大丈夫ですよ。わたしがしっかり見ておきますから」 「まぁ、それはなんて心強いこと。それじゃシャルルさん、すみませんがジェラルドを頼みますわ」  コレットはそう言う間にも、一秒でも惜しいとばかりに長いしっぽを振りながら、アルマンを急き立てて階段をどんどん登っていきます。  シャルルは次第に歩みの遅くなるジェラルドを、自分の肩に乗せてやりました。ジェラルドは周囲を見渡し、 「わぁ、高いなぁ。ぼく、なんだか巨人になった気分だよ」  と、嬉しそうに言いました。 「どうです、これなら月にのぼる勇気も元気も沸いてくるでしょう?」  シャルルが微笑を含んだ優しい口調で言うのを聞き、ジェラルドはすぐ目の前に見えているふさふさと柔らかな毛に覆われたシャルルの横顔を見つめました。シャルルは相変わらず楽し気な様子で、ジェラルドを肩に乗せ、踊るようなステップを刻みながら淡い光に輝く階段をのぼっていました。abd2769f-c7c2-4990-8ce5-e24482a8dcd0 ジェラルドはシャルルから先を急ぐ両親に視線を移し、小さなため息を吐くと、どこか暗い調子の声で、秘密の告白をするように言いました。 「ぼく、ほんとうは月になんて行きたくないんだ」  シャルルはその言葉を聞いても別段様子を変えることなく、静かな優しい声でジェラルドに尋ねました。 「それはどうしてです?」  ジェラルドは視線を落とし、もう一度、今度はさっきよりも大きなため息を吐きました。 「ギィ兄さんに、会いたくないから」 「ふむ、でも何故です?」 「だって、お父さんやお母さんは、もしかしたらぼくよりも、兄さんの方が好きなのかもしれないって思うから……」  シャルル・ド・ラングは自分の肩の上で消え入りそうな声で言うジェラルドを、金の瞳で包み込むように見ました。 「どうしてそんな風に思うのですか? わたしの目には、きみだってとてもご両親に愛されているように映りましたよ」 「うん……。ぼくもそれはわかってる。ときどきはうんと叱られることもあるけど、それだって、ぼくが生き抜くために必要なことを教えてくれているんだって知ってるよ。だけど、もしかして、ギィ兄さんが死んじゃわなければ、つまり、兄さんが今も生きていたら、お父さんとお母さんがぼくにくれる愛情は、半分になっていたかもしれないでしょ。ううん、ぼくはしょっちゅういたずらをしでかしたり、うっかり失敗をやらかすから、ぼくの分の愛情もみんな全部兄さんのものになっちゃっていたかもしれない。つまり、うまく言えないけど、今ぼくがお母さんやお父さんに愛されているのは、ギィ兄さんがいないからってだけじゃないのかな……。だから、お母さんやお父さんは今、あんなにも一生懸命、階段を登っているんじゃないのかな……」  シャルルは黙ってジェラルドの言葉に耳を傾けていましたが、やがて澄んだ声で言いました。 「ジェラルド、ご両親にとっては、今もギィが大切な我が子であることには違いないでしょう。それはギィが死んでしまっていても生きていても関係のない正直なお気持ちだと思います。確かに、遺されたきみをより大切に守らなければという想いが強くなっていらっしゃることは事実でしょうが、だからと言って、それがギィに与えられるはずだった分の愛情がきみに回されているとか、上乗せされているということにはつながりません。逆を言えば、もしギィが今も生きてきみ達と暮らしていたとしても、きみへのご両親の愛情が、すべてギィへの愛情に回されたり、上乗せされたりすると言うことでもありません。我が子への愛情は計れるものではなく、そしてそれはまた削れるものでもありません。ジェラルド、わたしはこう思いますよ。親という存在にとって、我が子への愛情は無尽蔵に溢れる泉のようなもの。子どもの数だけ愛情は沸き、惜しみなく注がれるものだとね」  ジェラルドは黒々とつぶらな目を潤ませ、シャルルの話を聞いていました。それからこらえきれないように、ほっと熱い息を吐き出した後、それでもどこか不安な影に表情を曇らせ、シャルルを見上げました。 「でも、ねぇ、シャルルさん。もし、ほんとうに月にギィ兄さんがいて、兄さんに会えたとして、もし、もしもね、お父さんとお母さんが、やっぱり兄さんの方がいいって言って、そしてぼくなんかいらないって言ったら、ぼく、シャルルさんちの子になっていい?」  シャルルはふっと頬を緩ませると、 「それは構いませんが、きっとそんなことにはなりませんよ」 「そうかな?」 「そうですとも。いつだって最後には良い結果が待っているものですよ」 「ほんとうに?」 「ええ、きみがそう信じるかぎりね。できそうですか?」 「どうかなぁ……わからないよ。信じるって、難しい問題だなぁ。『信じる』っていうのが、大きな石みたいならいいのになぁ。そしたらぼくの心にはいつでも『信じる』ってことが、どっかり座っていられるでしょ? でも、ぼくの『信じる』は、まるで紙みたいなんだ」  シャルルはジェラルドに視線を向け、涼やかな金の瞳を細めました。 「きみなら大丈夫ですよ。それに、いざというときは、わたしがついていますから」  ジェラルドはシャルルの確信に満ちた声に励まされ、ようやく笑顔を取り戻し、力いっぱい頷きました。
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