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 そこでコレットは、ほんのちょっと怖い気持ちを抱えながらも、とことこと台所を出ると、子ども部屋やアルマンとジェラルドが楽しそうに遊んでいる居間を通り抜け、玄関からそっと外に出てみました。そしてこわごわ高く澄んだ空を見上げると、なんとそこには確かにうっすらと白い、綿毛のタンポポのようなぽやぽやした月が浮かんでいるのでした。ちょうど満月の少し手前の、下側が少し欠けた月です。 「まぁ、なんて不思議……」  コレットは唖然として、頭を左右に振って空を見渡してみましたが、右の上の方の空では、お日さまはまだあんな高くにいて、薄い黄色っぽい陽射しで森をいっぱいにしているというのに、頭を左の上の方に向けると、うすぼんやりした白い月が、何か忘れ物をしたときのような心許なさで、ぽつんと浮かんでいるのです。 「こんなことってあるのかしら……」  お昼間の月だなんて、コレットは生まれて初めて見ることでした。あまりの奇妙さに、まるで何か強力な磁石のようなものでひき付けられたかのように、コレットはじぃっと青空に浮かぶうすぼんやりした白い月を見上げ続けました。 dfd07b19-ab8e-44cf-9d61-5a2a66b19c0b 「ほんとうになんて不思議なんでしょう……」  夏の頃よりもずっと高く、そしてうんと澄んでいる青空に浮かぶ白い月は、どこか静寂の内に沈み込む空っぽの箱のように見えて、コレットはいつの頃だったか、アルマンと森を散策中に死んだ仲間の白骨を見たときのことを思い出し、全身を走る寒気にぶるりと体を震わせました。  それなのに、コレットはすっかり魅入られたようになって、白くぼやけた月から目が離せずにいました。しまいにはずるずると崩れるように玄関先に座り込んで、放心したように空を眺め続けていました。  辺りの木々からは、黄や赤や茶の色をした葉っぱが秋の涙のように落ちては、どこか甘い匂いを漂わせながら、時折通り過ぎていく風にかさかさと寂しい音を立てています。  そんな秋の光景と昼間の空に浮かんだ白い月とを代わる代わる眺めているうちに、コレットは自分の胸の内で木のウロのように口を空けた暗い穴が、だんだんと全身に広がっていくような気持ちになりました。 「葉っぱが枝から落ちるときは、木は痛いのかしら。それとも、痛いと言うよりは、とっても悲しい気分になるのかしら……」  コレットはしんみりした口調でひとりごとをぽつりと呟いて、湿ったため息を吐き出しました。  いったい、良い季節というのは、どうしてこうも短いのでしょうか。素晴らしく楽しい気持ちで幸福の蜜に浸ってうとうとしている間に、輝く季節は何の前触れもなく、さようならも言わずに通り過ぎて行ってしまうのです。そうして通り過ぎてしまってから、自分がまだ何の準備もできていないことに気がつくのですが、そのときにはもう厳しい季節──それも決まって長いのです──が、すぐ目の前や後ろや真横を取り囲み、あっと思う間もなく飲み込まれてしまうのです。  コレットはなんだか泣き出したい気分に取りつかれ、潤んだ瞳で空のお月さまを見上げました。涙が浮かんだせいで、月はもっとぼやけて今にも溶けて落ちそうに見えました。
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