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6
アルマンがパタンと扉を閉めてしまうと、コレットはジェラルドの肩をしっかりと抱き寄せながら、まるで扉の向こうにアルマンの姿を見てでもいるかのように、緊張した面持ちで固唾を飲んで固い樫の枯れ枝で作った扉を見守っていました。
しばらくすると、何か意味の分からない叫び声が聞こえて来たかと思うと、大慌てでアルマンが走り戻って来ました。
「や、や、あわ、あわ……」
言葉にならない声でアルマンは必死に何かを伝えようと、しきりに外を指さしていましたが、深呼吸をして息を整えると、
「ほ、ほんとうだ! あの子が、ギィが白い月に……!」
それを聞くと、コレットはアルマンに飛びつきました。
「ほら、そう言ったじゃないの!」
夫婦は一瞬顔を見合わせ、それから抱き合っておいおいと泣きました。
「もうこうしてはいられない。すぐ出発するんだ」
やにわに顔を上げたアルマンが、涙を拭いながら力強く言いました。
「出発って、どこへ行くんです?」
コレットも前掛けを目に当てながら、アルマンに聞き返しました。
「決まっているだろう。我々は月に行くんだ!」
「なんですって?」
「ええっ?!」
コレットとジェラルドはびっくりして、二匹同時に叫びました。
「そんなことができます?」
「お月さまに行くなんて!」
アルマンは固い決意に満ちた表情で頷きました。
「さっき月にあの子がいるのを見て、ぼくはわかったのさ。これは奇跡が起きているんだよ。あの子が我々を呼んでいるんだよ。だからきっと、月に辿り着くことができるさ。さぁ、そうと決まれば早く出発しよう。みんな、リュックに必要なものを詰めるんだ」
野ねずみの一家は慌ただしく準備を整えると、アルマンを先頭に一列に並んで、月に向かって出発しました。
リュックを背負った三匹は、ふかふかの枯れ葉が積もる森の中を、どこか寂しそうに高い青空でひっそり咲いている白い月を目指して歩きました。
月がぼんやり静かに三匹を見下ろしているのを見ながら、コレットは目の前を歩くアルマンのリュックの端をちょいちょいと引っ張って言いました。
「ねぇ、あなた。今はあの子の姿が見えていないけれど、まだあのお月さまにいるのかしら」
「いるさ。あの子らしく居住まいを正して、ぼく達が来るのを待っているさ」
「えぇ、そうね。あの子はしっかりした子だったものね……」
コレットは誰に言うともなくつぶやくように言いました。それからふと気がついたように後ろを振り返り、ジェラルドがきちんとコレットのしっぽを掴んでついて来ているか確かめました。ジェラルドはコレットのしっぽを小さな手で掴み、不安そうな大きな瞳でコレットを見上げながら歩いていました。コレットは息子に優しく笑いかけてやると、
「大丈夫よ、ジェラルド。そんなに心配しないでも、お父さんがきっとわたし達をギィのところに連れて行ってくれるわ」
「うん……」
そう言われても、ジェラルドはやはり不安げな、何か言いたそうな瞳でコレットを見上げていました。息子の心配そうな様子に気がついたアルマンも、ジェラルドを励まそうと、明るい口ぶりで言いました。
「そうさ、ジェラルド。お父さんがきっとおまえ達をギィに会わせてやるさ。いいかい、ジェラルド。これは食糧集めなんかより、もっと重要な任務なんだよ。そう、冒険なんだ。今日という日は、おまえの大冒険の始まった日だ。おまえはまだ一匹だけで外の世界に出たことがないから、近所での食糧探しデビューをすっ飛ばして、いきなりこんな大冒険に出るなんて、まぁちょっと怖いという気持ちもあるだろう。お父さんだってこどもの頃は外の世界が怖かった。だけど今はこの通り、誰より素早く、誰より上手に、栄養たっぷりの旨い食糧を見つけることができる。おまえはきっと、お父さんより上手に食糧を集められるようになるさ。なにせ、お月さまに行こうって言うんだからね。どんな野ねずみだって、これまで月に行ったという者はいないんだ。さ、お母さんのしっぽを離さないようにして、しっかりついて来るんだよ」
ジェラルドはまだ不安そうな面持ちでしたが、それでもコレットのしっぽをきゅっと掴んで、両親に遅れまいと懸命に足を動かしました。
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