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目が覚めた。
すぐに目を開くと、彼は林の中、枯葉の積もった池のほとりに寝転がっていた。
既に日が高い。辰の刻は過ぎていそうだ。
体を起こしながら、彼は人の声を聞いた。誰かを呼んでいるようだ。自分のことかもしれないと、篭は思いついた。
「おーーーーーい」
真似をして、彼も声を上げてみた。呼び声が少し止み、それから近付いてきた。
彼がぼんやりと突っ立っているうちに、細い街道の向こうに、坊主と若い武士が現れた。武士は宋十郎だった。
坊主が彼の姿を見るなり、驚いた様子で声をあげた。
「十馬さま!」
坊主と宋十郎は駆け足になった。
茂十以外の人間に話しかけられるのは初めてだった。近づいてきた彼らに、篭は微笑みかけた。ただし、言葉は出てこなかった。こういう場面で人間は何と言うのだったか。
歩み寄ってきた宋十郎の顔が強張っていた。坊主は武士と病人を見比べて、何故か黙ってしまった。自分が寺を抜け出したせいだろうかと、篭は思う。
若い武士の声が、妙な沈黙を破った。
「まずは戻りましょう、兄上」
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