7. 宵待ちながら

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 そこは、大人が三人では手狭に感じる、小さな部屋だった。  茶室のようだが、畳も敷かれておらず飾り棚もない部屋は、応接よりは瞑想のための場所に見えた。  そこに向かい合って腰を落ち着けるなり、藍叡和尚は話し始めた。 「実は、汝については、静黙して視るまでもないと思っている。儂程度の者にでも、汝が負っているものは明らかだからね。ただ、悪い話を聞かせねばならぬから、ここへ呼んだのだが」  和尚は単刀直入だった。篭は唇を引き結んだ。 「儂は山に籠っておった頃、本物の鬼や化物も何度か見たが、汝のようなものは初めて見た。汝は恐らく半ば人で、半ば人ではない。人が化物になる例は聞いたことがあるが、その手前の状態といったところか。燕が憑いているというのも、珍しいね」  篭は、宋十郎の変わらない表情を見遣った。どうやら彼の正体まで、宋十郎は和尚に語っていたらしい。 「その器――体には、たくさんの、怨念や妖魔のようなものが憑いている。あまりに多いから、この場で逐一見極めることができないが、相当古くて大きなものから弱小なものまで、様々なものがあるようだ。弱小なものは恐らく強いものにひかれて集まってきたのだろうが、強いものが憑く時は、確実に因果がある。  弱いものなら儂の呪法でも多少散らせようが、強い者を祓うにはその前に因果を確かめねばならない。ただし、強い者どもは通常その正体を無闇に表さぬから、まずはそれを知るところから始めなければなるまいよ」  既に、篭は泣きたくなってきた。数えきれないほどの不気味なものが自分の中に詰まっていると聞かされて平常でいられるほど、彼は気丈ではない。  十馬を助けて茂十(しげとみ)の願いを叶えてやりたいというのは、身の程知らずの浅はかな願いだったのだろうか。  黙り込んでいるうちに、彼は宋十郎の声を聞いた。 「篭は金色の鬼を見ています。先日襲ってきた賊は、それを凶鬼(まがおに)と呼んだそうです。また、一度喜代に憑りついた妖物が、十馬を白夜叉と呼びました。それが何のことか、お分かりになるでしょうか」 「その賊が何者か知らぬが、名前の付く鬼ならば、かなり上位の魔物であろうよ。今は姿が見えぬから、隠れているか、好きな時に現れるものだろう。何にしろ度々現れるのなら、確実に十馬どのと何かしらの因果がある。白夜叉というのが何かはよくわからぬが、悪霊が生きている人間を別のものに見立てたり、そのものへ変じさせようとすることはある。  汝らの出生は有秦(ありはた)だというが、有秦は古くから多くの人が住み、それだけに古い神々や魔物の逸話も多く残る場所だ。因縁は十馬どの個人でなく、土地や家系に関わるものである場合もある。故地の伝承などを調べてみることも、役に立つかもしれぬ」  なるほど、と宋十郎は頷いた。 「先ほど、弱小のものは祓えると仰いましたが、今それをお願いすることに、意味はあるでしょうか」 「全く無意味というわけではない。小さなものが悪さをすることはよくある。ただ、大きなものがそれらを呼ぶ限り、根本の解決にはならぬがね」  宋十郎はもう一度、和尚に訊ねた。 「篭の体は、もとは十馬のものでした。十馬は今では、その怨霊のひとつになっているということでしょうか。つまり、今見ると、この体の主は篭のように見えます。憑き物落としをした場合に、篭と十馬の魂、どちらがこの体に残るのでしょうか」  和尚は、難しい顔をして腕組みした。 「はっきり言えるわけではないが……十馬という青年の魂は、今儂の目には見て取れない。埋もれてしまっているのかもしれない。しかし、肉体と霊魂には強い繋がりがある。よほど特別な力で断たない限り、憑き物落としをした場合に、本人の魂まで落ちてしまうということは、ないと思うがね……。逆に、篭どのがあとからそこに憑いたということなら、篭どのがこの体から祓われることは、普通に考えれば、あり得るだろうね」  押し黙ったままの篭は、さらに気が沈むのを感じた。悪くすれば、彼は悪霊の仲間として祓われてしまうのだろうか。  彼を十馬の体へ移した梟の(けい)は、病気の魂を回収に来たと言っていた。そもそもあの時に彼が余計なことを言わずに、薊に十馬の魂を持ち去らせていたら、宋十郎も彼もこんな遠くへ危険を冒して旅する必要はなかったのかもしれない。伊奈(いな)だって、あんなことを言うことはなかったに違いない。そして十馬の魂も、腐りかけた肉体の檻を出て、黄泉のいずこかで休息を得ていたかもしれない。
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