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もしかしたら、とんでもなく愚かなことをしてしまったのではないか。
先ほどまで恐怖に縮んでいた心臓が、違う痛みを感じ始めた。
息が苦しいと思ったら、彼は涙を流していた。
嗚咽を堪えた瞬間に、和尚と宋十郎が振り返った。
和尚が眉を下げた。
「どうしたね」
涙と嗚咽を堪えようとして、篭は呼吸困難に陥った。口を開けたら声をあげて泣き出してしまいそうだった。
宋十郎が、いつかも彼に向けたことがある、何か異質なものを見るような瞳で彼を見ている。
和尚が何かに気付いたように、膝を立てて彼に歩み寄った。
「すまん、お前を祓ってしまおうというわけではないよ。ただ、仕組みとしてそういうことがあるかもしれないというだけだ。そう、大事なことを言い忘れておった。篭、お前の魂は、言ってみればその怨霊の坩堝にかけられている、封のようなものだよ。つまり、お前はそこに必要だということだ。お前が健やかに思い、話し、行うことが、封印を保ち呪いを止める力になる。怒りや嘆きは力を弱くする。重いものを背負っていれば難しいことかもしれないが、汝はできる限り、笑っていたほうがいい」
袈裟の袖を伸ばすと、和尚は篭の頭を抱きかかえた。
線香の香りと、緑の匂いがした。
篭はその中で、呼吸を整えながら、豊松のことを思い出した。
十馬がこの世で死んだら悲しむ人がいるのである。彼は病を治して深渓へ戻ると、約束したではないか。
徐々に呼吸を取り戻しながら、彼は和尚が宋十郎に向かって話すのを聞いた。
「宋十郎どの、これはあくまで申し出だが、十馬どのの体に退魔法を試してみるかね。細かいものを多少祓うだけでなく、憑いている大きなものの正体を探ろうと思う。どこまでやれるか全くわからぬが、少なくとも何かわかれば、除祓の糸口にはなるかもしれん」
宋十郎は間を置かず、答えた。
「ありがたいお申し出です。ぜひ、お願いしたく思います」
すると、和尚は篭の頭を離し、彼の瞳を覗き込んだ。
「そういうことだ。お前は、それでよろしいかね?」
退魔法というものが具体的に何をするものか知らないし、恐ろしくないわけはなかったが、篭は頷いた。彼だって、十馬に付きまとう不気味な連中のことは、好きではない。
それを認めると和尚は敢えて力強く笑って見せ、彼の肩を叩いた。
「よし。では、今夜やってみよう。宵を過ぎてからになるので、それまでは講堂で休んでいなさい。久し振りなので、儂も色々支度が必要だ」
もう一度篭は頷き、和尚の顔を見つめ返して、やっと取り戻した呼吸で言った。
「ありがとう」
和尚は目を細め、微笑み返した。
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