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その時、戸の向こうから、荒々しい足音が近付いてきた。
「和尚!」
大声と共に、乱暴に戸が引き開けられる。
現れたのは、先ほど街中で篭を殴りかけた、大柄な坊主だった。
振り返るなり、和尚は坊主を睨みつけた。
「孔蔵、来客中だぞ」
若い坊主は喚いた。
「んなこた知ってますよ、和尚はいっつも客人か病人の相手をしてばっかでしょう。暇のある時なんぞありゃしない。今日こそ、俺の話を聞いてもらいますよ」
そこまで言って、坊主は和尚の袖に隠れている、襤褸を着て包帯を巻いた若者に気付いたらしかった。
坊主の丸い瞳が大きく見開かれる。
「あっ、そいつ! そいつは妖魔ですよ、和尚」
甘粕和尚は篭から離れ、長身の弟子の前に立つと、その顔を睨み上げた。
「喧しい、そんなことわかっておるわ。それよりお前、酒臭いぞ。酔っ払いと話しても話にならんと、何度言わせれば気が済むのだ。頭を冷やして出直してこい。そこを退かんか」
孔蔵は一度何かを言いかけたが、悔しそうに歯噛みした。どこか萎れたように肩を落とすと、体を引いて戸口を空けた。
和尚は篭と宋十郎を振り返ると、穏やかな手つきで、空いたばかりの戸口へ誘った。
「騒がしくして申し訳ない。講堂へ戻ろうかね」
宋十郎が立ち上がり、若い坊主には一瞥もくれず、早々に茶室を出た。
篭はその後を追いつつ、ちらりと坊主を見遣る。
孔蔵のほうは立ち尽くして足元を見下ろすばかりで、彼のほうなど見向きもしていなかった。
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