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「お前は兄上、籠原十馬ではないだろう」
そう切り出した宋十郎は、眉間に皺を寄せ、半ば立ち上がって篭に詰め寄った。
「十馬は伯父上のことを茂十と呼ばない。伯父上の死を悼まない。涙を流さない。例え死にかけ一年眠り続けて目覚めた後だとしても」
宋十郎の声は静かだが、鉄のような重さを持っていた。実際にその指先は、腰の脇差に触れていた。
篭は身を引くこともできずに硬直した。
「お前は誰だ」
そう問われて、篭は言葉を探す。
「……おれは……、とおま、じゃない?」
それが、逆に彼が問いたいことだった。宋十郎の眉間の皺は、ますます深まった。宋十郎は言う。
「お前は、確かに十馬の姿をしている。だが、違う人間だ。お前は何だ。どこの物怪か妖だ」
物怪か妖と言われ、篭は竦み上がった。そんなものと間違えて斬られてはかなわない。彼は答えた。
「おれは、ろ、篭だ。しげとみ…が飼ってた燕。もののけじゃない」
宋十郎の表情も体勢も変わらない。
「あの燕……そんなものがどうやって、十馬の姿をしている?」
「おれが…燕のおれが死んだ日の夜、その、十馬の魂を取りに、ふく、梟が来たんだ。茂十は十馬に死んでほしくないっておれは知ってたから、梟に頼んで、おれの魂を十馬の体に入れてもらった。十馬の魂はここにいるはずなのに、目覚めたのはおれだった」
彼のたどたどしい説明を聞いてもしばらくの間、宋十郎は眉を寄せたままでいた。
しかしやがて腰を下ろすと、刀の柄から指を離した。
「……とんでもない話だ。だが、お前が十馬だというよりは、まだその話の方が信じられる」
十馬と自分は相当似ていないらしいと思いながら、篭は胸をなでおろした。
しかし彼が息をつく暇を与えず、宋十郎は次の質問を投げかけてくる。
「それなら、私が誰かわかるか」
篭は頷いた。
「そうじゅうろう……茂十に時々荷物を持ってきた」
宋十郎はゆっくりと頷き返し、次の問いを投げた。
「それ以外に、十馬について知っていることは? なぜ十馬が一年も眠っていたか、寺に預けられていたのかわかるか?」
まだ少し不器用に首を振りながら、篭は言った。
「知らない。おれは燕で、自分の過去しか覚えてないよ。十馬の魂がどこに行ったのかわからない」
それを聞いた宋十郎は、しばらく難しい顔をしたままどこか遠くを睨んでいたが、やがて篭を振り返った。徐々に、その表情が涼しげな青年の顔に戻ってゆく。宋十郎は言った。
「……十馬は、……私たちの父、籠原朝十の長子で私の兄だ。伯父上、茂十どのは父上の兄で、我らの父は既にない。十馬が床に伏している間に私が家督を継いだ。十馬は随分前から病を患っていて、伯父上がこの寺で養っていた。……お前は何か、異常を感じることはないか」
どうやら十馬は茂十の息子ではなく甥らしい。ここでも篭は、自分が夢でも見たのだろうかという疑問に苛まれた。しかし彼は先に、宋十郎の質問に答えることにした。
「いじょう……はない。人間の体になれないけど、それだけだよ。十馬の、やまいって?」
しかし宋十郎は彼の質問には答えず、また別な問いを寄越した。
「先ほどと同じことを尋ねるが、お前は昨夜、なぜ林へ行った」
篭は唇を引き結んだ。昨夜体験したことを、どう言葉で表すのか、彼は迷った。
宋十郎は質問を変えた。
「寝床を出て林へ行った時のことを覚えているか?」
彼は、頷いた。質問が繰り返される。
「なぜ出て行った?」
言葉に迷った挙句、彼は答える。
「眠れなくて起きてたら、変な声がして……月の明かりがある場所へ行きたくて、池を見つけた」
すると、宋十郎の眉間に、剣呑な皺が戻ってきた。
「声を、聞いたのか」
明らかに相手から、苛立ちと不安を感じた。篭は恐る恐る、頷いた。
宋十郎は小さく唇を噛み、それから言った。
「それが十馬の病だ」
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