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初めのうちは人間を警戒していた篭だったが、茂十が優しい手つきで彼の世話をしてくれるうちに、彼は少しずつ、和尚に気を許すようになっていった。
その日は梅雨空が久し振りに晴れ、茂十は篭を手の平に乗せて、縁側で日を浴びていた。
茂十は年をとっているせいか、時々独り言を呟く。
「紫陽花がきれいだなあ」
縁側から望める庭には、見事な紫陽花がいくつも咲き誇っていた。
「しかし、梅雨は苦手だ。雨が多いと、日が少なくなる」
それには篭も同意見だった。雨は翼を濡らして重くする。
そこで茂十はやんわりと、手のひらの上の篭を、袈裟を着た膝の上に降ろした。篭はまだ飛べないものの、小さな足で歩くことならできるようになっていた。
「お前の羽はなかなか良くならんなあ」
老人の静かな声が言う。
『寒くなる前に治るといいな』
篭の返事は、老人には鳥の囀りにしか聞こえないはずだが、茂十は眼を細めて言った。
「なに、梅雨が明ける頃には良くなろうよ」
その時、庭の先から砂利を踏む音が近づいてきた。堂の向こうから現れたのは、若い青年だった。
青年は折り目の正しい袴を丁寧に着込んで立派な太刀を差し、色白の端正な顔に涼しげな瞳を乗せている。篭は、この青年のことは何度か見たことがあった。
「伯父上、今日は晴れましたので諸々持参いたしました」
青年が声を掛けると、僧侶の伯父は顔を上げ、微笑を作った。
「おお、宋十郎。いつもすまないな」
微笑を作った茂十は青年に会釈した。
宋十郎と呼ばれた青年はちらりと小鳥に目を遣りながら、片手に提げていた風呂敷包みを縁側へ置いた。
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