1. 君はこれから

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「それの傷は随分良くなったようですね」 「ああ」  膝の上の鳥を見下ろしながら、茂十は頷いた。  今度は青年の目が、座敷の奥へ向いた。  宋十郎は、単調な声で言う。 「そろそろ、時期ですね」  茂十は顔を上げることなく、ただ黙って、頭を上下させた。  それを見届けた宋十郎は礼儀正しく頭を下げると、早々に踵を返した。  砂を踏む足音が遠ざかっていった。  庭に静寂が戻っても和尚が沈黙したままでいるので、しばらく篭は袈裟の上でじっとしていたが、やがて茂十の膝の上から飛び降りた。  羽を上手く使えないので転がり落ちる格好になったが、彼はそれにも構わずに、畳の上をちょんちょんと進み始めた。 「おい、おい」  転がった燕に気付いた和尚が、我に返って屈み込む。  しかし、燕の視線の先にあるものに気付いたように、老人も顔を上げた。  開け放たれた襖の向こうに、布団の中の男が横たわっている。  篭は、包帯の男を見つめた。 『……あの人は、なんで起きないの?』  小鳥の(さえず)りを理解できたとでもいうのだろうか、和尚が、またいつものように呟いた。 「あれはな、儂の息子だよ。……不治の病だ。もう、長くはもたない」  そして、和尚は静かに息を呑むと、膝を引きずりながら、その眠る息子に向かって近付いていった。  老人は日焼けして固く骨ばった手で、包帯に覆われて髪の色すら伺えない頭を撫でた。  篭は、その手が小さく震えているのに気付いた。 「哀れな子だ」  いつの間にか老人は、言葉だけでなく唇を震わせていた。  皺に縁取られた両目には、涙はなかった。  もしかしたら老人は、涙を流すには乾きすぎてしまったのかもしれない。  篭が近づいていくと、茂十は、両手で燕を優しく掬い上げた。  そこで老人は彼を胸の前に抱きかかえたまま、呟いた。 「すまない……」 *
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