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「それの傷は随分良くなったようですね」
「ああ」
膝の上の鳥を見下ろしながら、茂十は頷いた。
今度は青年の目が、座敷の奥へ向いた。
宋十郎は、単調な声で言う。
「そろそろ、時期ですね」
茂十は顔を上げることなく、ただ黙って、頭を上下させた。
それを見届けた宋十郎は礼儀正しく頭を下げると、早々に踵を返した。
砂を踏む足音が遠ざかっていった。
庭に静寂が戻っても和尚が沈黙したままでいるので、しばらく篭は袈裟の上でじっとしていたが、やがて茂十の膝の上から飛び降りた。
羽を上手く使えないので転がり落ちる格好になったが、彼はそれにも構わずに、畳の上をちょんちょんと進み始めた。
「おい、おい」
転がった燕に気付いた和尚が、我に返って屈み込む。
しかし、燕の視線の先にあるものに気付いたように、老人も顔を上げた。
開け放たれた襖の向こうに、布団の中の男が横たわっている。
篭は、包帯の男を見つめた。
『……あの人は、なんで起きないの?』
小鳥の囀りを理解できたとでもいうのだろうか、和尚が、またいつものように呟いた。
「あれはな、儂の息子だよ。……不治の病だ。もう、長くはもたない」
そして、和尚は静かに息を呑むと、膝を引きずりながら、その眠る息子に向かって近付いていった。
老人は日焼けして固く骨ばった手で、包帯に覆われて髪の色すら伺えない頭を撫でた。
篭は、その手が小さく震えているのに気付いた。
「哀れな子だ」
いつの間にか老人は、言葉だけでなく唇を震わせていた。
皺に縁取られた両目には、涙はなかった。
もしかしたら老人は、涙を流すには乾きすぎてしまったのかもしれない。
篭が近づいていくと、茂十は、両手で燕を優しく掬い上げた。
そこで老人は彼を胸の前に抱きかかえたまま、呟いた。
「すまない……」
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