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日輪が南に届き、待ちに待った正午が訪れて、渡喜が戻ってきた。
「おかあさん」
喜代が母親に飛びついた。
「喜代、良い子にしてた?」
子供の頭を撫でながら、渡喜は地面の上の篭にも会釈を送ってきた。明るい顔をしている。
その顔を見て、篭はひどく安心した。
「篭さま、大事ありませんでしたか」
訊ねられ、彼は何となく襟の合わせを手で掴む。
傷を隠しながら、頷いた。
渡喜は両手に水と食べ物を抱えており、それを喜代と篭に差し出した。
「半刻くらい前、大路の先で宋様とお会いして、私だけ先に戻ってきたんです。お寺は見つかりそうですよ」
それは良い知らせだったが、この時の篭と喜代には、差し出された饅頭のほうが重要だった。
路傍の塀を背にして、夢中で飲み食いした。
最後の一片を飲み下し、口に水を含んだどころで、通りの向こうから宋十郎が歩いてくるのが見えた。
襤褸を着て色の褪せた括り袴を履いていても、太刀を提げ背筋を伸ばして歩く宋十郎は、庶民というより、その偽物に見える。
路傍で立ったまま飯を食っている二人を見ると、宋十郎は微かにだが、眉を顰めた。
その表情の機微に気付いたらしい渡喜が、何故か「すみません」と謝った。
宋十郎は首を振った。
「いや、場所もない。仕方ないだろう。それより篭、それはどうした」
視線は、彼の胸元の火傷を指している。
食うことで頭が一杯だった篭は、傷を隠すのを忘れていた。
「あ……え…と」
水を嚥下してから言い淀む彼を見つめ、宋十郎は言った。
「ここを離れたな。何があった」
篭は青くなった。
すると、喜代が食べかけの饅頭から口を離し、言った。
「どろぼうがいたんだよ。篭は、どろぼうをつかまえようとしたの。どろぼうは逃げて、お坊さんが、かわりに篭をどろぼうとまちがえて、篭をいじめたの」
宋十郎の目が、子供を見て細められた。少なくとも宋十郎が、これだけ長く喋る喜代を見たのは、初めてだった。
一方で篭は、少し不思議に思っていた。彼が酔いどれ坊主とひと悶着起こした現場を、実際に喜代が見たはずはない。恐らくそれも、喜代が見えるものの一つなのだろう。
子供の目に見つめ返され、宋十郎は視線を逸らすと、それを篭へ戻した。
「何か盗られたのか」
篭は首を振った。彼らは元々、何も持っていなかった。
「その傷は、切り傷や打撲のようには見えない。その、僧侶は何をした」
「お坊さんのれいきは、篭には毒なんだよ」
また、喜代が代わりに答えた。渡喜が明らかに戸惑っている。宋十郎が眉を顰めた。
「どんな仕合いをした」
慌てて、篭は答えた。
「あの、叩かれただけだよ。その、お坊さんの手と一緒に、影が動いてて、その影に触ったら、こうなった」
宋十郎は口を引き結んだ。
一度目を閉じ、指先で眉間を押して、また目を開いた。
「……なるほど。その僧侶がどこの何者か知らないが、この辺りをうろついていればまた遭うかもしれない。湫然寺を見つけた。喜代がそれを食べ終えたら、寺を訪ねる」
項垂れたまま、篭は頷いた。
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