7. 宵待ちながら

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 町外れを小さな山沿いに進んだ場所に、その寺はあった。  立派な山門は扉が開け放されていた。  若い僧侶が、門の脇を掃き清めている。  僧侶は宋十郎の顔を見ると、彼らを門の内へ誘い、奥へ案内した。  山中にあって案外と広い境内には、救護所のような小屋が僧房と並んで立てられており、病人や孤児が養われているようだった。  庭では、二、三人の小さな子供が走り回っている。  講堂と思しき伽藍(がらん)に上がるように勧められ、彼らは磨かれた板張りの床に座って待った。  暫く待つと、還暦を少し過ぎたくらいの僧正が現れた。  黒い着物の上に袈裟を掛け、数珠を提げている。あくのない、日焼けした小麦色の顔に(まろ)やかな笑顔を浮かべ、和尚は手短に挨拶した。 「儂が藍叡だ。宋どのから既に経緯を聞いている。魔物憑きだそうだね。汝らさえよければ今すぐに診てみるが、いかがするかね」  渡喜が目を瞬かせ、次いで声を発した。 「そんなにすぐ、落とせるものなのですか。お、和尚さまは、以前も魔物を落とされたことがおありなのですよね」  そう言ってからすぐに渡喜は唇を手で押さえ、「すみません」と囁くように言った。  藍叡和尚は首を振った。 「いや、我が子のこととなれば、親として医者の腕は気になるところだろうよ。儂は、確かに何度か妖魔を退治したことがある。人や物に憑いた魔物を落としたこともある。ただし儂の退魔法は、僧院で高僧に師事したものでなく、方々で学んだ術を自己流に使っているものだ。野良医者のようなものだが、病を治すためには全力を尽くすよ。いずれにしろ、落とせるものか、落とすべきものかは診てみぬことにはわからないが」  語りながら、和尚の目は喜代と篭を見つめ、最後に渡喜へ戻っていった。  渡喜はもう一度訊ねた。 「落とせないことや、落とすべきでない場合があるのですか」  和尚は頷く。 「もちろん、妖魔があまりに強力なら、儂程度の力では敵わない場合もある。また、魔物憑きのように見えるものが、実はそうではない場合もある。その場合は、落とせないことも、落とさないほうがいいこともある」  腹の前で組まれた両手を握り締め、渡喜は頷いた。 「わ、わかりました。あの、喜代を、私の子を、見ていただけないでしょうか。大きな額ではありませんが、お布施の用意もあります」  すると、和尚は笑った。 「お布施は、結構だよ。もちろん頂ければ裏の小屋で寝ている病人たちの役に立つが、ここでお布施をしたことで汝らが路頭に迷っては、儂らがしている仕事の意味がない。では、そちらの子を診てみようかね」  渡喜は顔を赤くしたが、次に、はにかむように笑った。
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