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「お八重ちゃん。申し訳ない。俺にはお八重ちゃんの顔は見えない。声も聞こえない。……ここにいる古着屋のご主人が助けてくれてるんだ」  真白は注意深く八重の表情を透かし見ていた。八重の厚ぼったい瞼が眇められ、鋭い目が真白に向けられる。 『どういうこと』 「だから、何度も言ったろ。慎之助さんに、あんたの姿が見えるかどうか分からねえって。案の定、慎之助さんは見えるお人じゃなかった」  忌々しげに真白を睨めつける八重に、怯むことなく続ける。 「俺が伝えてやるよ。気持ちを伝えてそれで満足するこった。連れてこうなんて馬鹿な考えはよしな」  諭すように告げるも、八重は『うるさい』と一蹴した。 『あんたの口を通して伝えてもらったところで、私の姿も見えないのに何の意味があると言うの』  それが聞こえたわけでもないだろうに、慎之助が割って入る。 「お八重ちゃん。ずっと、俺のことを好いていてくれたんだってな」  さすがの真白もぎょっとして慎之助を勢いよく振り返り、首がおかしな音を立てた。 「いって!」  首を押さえて悲鳴じみた声を上げた真白を、ちらりと見やった實親が『大丈夫か』と声をかける。 「ああ、ちょっとばかり筋を痛めただけだ。いてて」 『慎之助殿には退いてもらった方がいいかもしれない。八重の君の瘴気が濃くなるばかりだ』 『まーあまあ! いいじゃねえか膨らんでくれた方がよう』  口だけの妖が真白と實親の周囲を茶化すように浮き沈みしながら言う。 「なあ、お公家さん。さっきから不思議に思ってたんだが、なんでこいつを斬っちまわねえんだ」  ちょうど頭のすぐ側にいる妖を親指でくい、と示して真白が問うと、實親は一瞬の間の後『そうか』とぽつりと呟いた。 『とっとと斬ってしまえば良かったのか』 『おおおおおい! そりゃないぜ、俺が何したってんだ!』 「何かしたかと言われれば特にないが、とにかくうるせえ」 『同じく』 『うるせえってだけで斬っちゃうのかよ、あんた! 血も涙もねえな!』 『私はすでに死んだ身だからな。血も涙もなくて当然』  冷ややかに返した實親が、ちき、と鍔を鳴らして切っ先を妖に向ける。 『ひいいぃいぃぃいぃ!』  甲高い悲鳴を上げる妖を問答無用で斬り捨てる……はずだった。  まるで手応えもなく、すとん、と妖を擦り抜けてしまった刃を、實親は大きく目を見開いて見つめる。 『――――― 斬れない、だと』 「何だ、どうなってんだ」  そこへ、八重の声が滑り込んだ。
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