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辺りを煌々と照らす丸く満ちた月を、一人の公達が静かに見上げていた。
口元に閉じた扇を当てて月を見上げる横顔は美しく、艶を帯びて地紋が見え隠れする黒の直衣が品のある顔立ちを際立たせる。
だが、その姿は薄絹のように向こうが透けて見えた。
彼は名を九条實親といい、かつては左近衛少将の任に就いていた中納言家の子息である。彼は妹を護るため、陰陽師の手によって数珠に住まう身となった。以来、数珠の持ち主を守護する役目を負っている。
その件の数珠の今の持ち主が、古着屋「紅堂」を営む真白である。實親の住まう数珠を手に入れた真白は、これも何かの縁、と相談の請け負いも始め、ぼちぼち仕事が舞い込むようになっていた。
實親はつい、と月から目を逸らし、ひっそりと静まり返る古着屋の列を見やった。
季節が夏から秋へと移り変わり、気の早い人々がそろそろ綿入れを買い求めに現れて、昼間はなかなかの賑わいを見せていた。
昼間の喧騒が嘘のようにひっそりとした街並みは、まるで別の世界に迷い込んだような錯覚に陥る。
そこでふと口の端に笑みを浮かべた。
『別の世界であることに違いはないか。私の生きていた頃とはあまりに違いすぎる』
とはいえ、實親は当時の庶民のことはあまり知らない。もしかしたら、この江戸に生きる人々のように活気に溢れていたのかもしれないが、その様子を目にしたことはなかった。
だからこそ、日々見聞きするものが新鮮で楽しく感じる。
分からないことは真白に訊けば教えてもくれる。
数珠に宿ってから、持ち主と会話ができるなど真白が初めてだった。
今までに幾人かの手を渡り歩いたが、持ち主たちは實親の姿を見ることも声を聞くこともなかった。
だから文字どおり守護霊として、ひっそりとその背後にいただけ。
だが、真白は違った。
實親の姿が見え、会話もできる。
真白の性格的なものなのか、もう随分と長い付き合いのように感じるが、まだ一年も経っていない。
ふ、と扇の陰で小さく笑って、月に目を戻した。
『……そういえば、依光と月見をしたこともあったな』
もう一人の、記憶の中の友を思い出して目を細める。
親友の日下部依光は陰陽師で、妹を護るため死んだ實親の魂を数珠に閉じ込めた人物である。
酒好きで、あれやこれやと理由をつけては、手土産を提げて實親の屋敷へとやってきた。
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