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口元の笑みを消して言った依光を思い浮かべ、實親はぱちりと目を瞬かせた。
それを待っていたかのように、背後から声がかかる。
「なんだ、外にいたのかい。そんなに気を遣わなくていいって言ったろ。お、ちょいと冷えるな」
後ろ手に店の戸を閉めながら言う真白を肩越しに振り返り、實親は扇の陰で微笑んだ。
『ちょうど満月だったから見ていただけだよ』
實親の言葉につられるように目を上げた真白は、「おお」と目を瞠る。
「こいつはいい月夜だな。一杯やりたくならあ」
ひひ、と肩を竦めて笑うと、思いついたように「そうだ」と手を打った。
「信如のところに行かねえか」
『今からか?』
驚いて見返す實親に、悪戯を思いついた子供のような笑みで頷く。
信如、というのは少しばかり離れた場所にある古びた寺の小坊主で、何度か相談請負の方で世話になっていた。
「しばらくお公家さんと酒を呑むこともなかったから、月見酒と洒落こもうじゃねえか。信如のところなら、お公家さんと大っぴらに話せるし」
『それはそうかもしれないが、蔦の君はどうする』
「まあ、そりゃ何とか上手く言っとくよ」
『上手く? 君が?』
目を丸くしてまじまじと見つめてくる實親に、真白は鼻の頭に皺を寄せる。
「何でえ、その目は」
『口車と程遠い君が、上手く言うなどと言うから』
「俺だってなあ、適当な言い訳くらいできらあ」
『正直者だと言っているのだ』
そう言いながら、ちょいちょい、と閉じた扇で真白の背後を示す。だが、真白は気付かずに口をへの字に歪めた。
「何でえ何でえ、俺だって必要とありゃ嘘の一つや二つ……」
「真白、あんたさっきから何を一人で喋ってんだい」
背後からかかった声に、真白はびたりと口を噤み、恐る恐る振り返る。
軋む音がしそうなぎこちなさで振り向いた先に、蔦が薄気味悪そうに眉を顰めていた。
「いや、あの……」
「しかも言い訳だの嘘だの……あんた、何かやましいことでもあるんじゃないだろうね」
「や、やましいことなんてあるもんか!」
「じゃあ、何なのさ。独り言が多いとは思ってたけど、さっきの様子なんかそこに誰かいるみたいな話しぶりで……薄気味悪いからやめとくれよ」
自分を抱くように腕を交差させて二の腕を擦る蔦を見返して、真白は首の後ろを撫でた。
「そりゃあ、すまねえな」
その隣でやれやれと嘆息した實親が、事も無げに告げる。
『もういっそ私のことを話してみてはどうだ。信じる信じないは蔦の君次第。このまま隠し通せるものでもないのだし、余計にこじれるだけだと思うが』
ううん、と口を引き結んで眉尻を下げた真白は、今ひとつ踏ん切りがつかずにいた。
實親が言うことは、もっともだとは思うのだ。
相談請負を続けていくのに、實親の存在は不可欠。蔦に隠したままではやりづらくなるのは明白だった。
「……そうだな!」
思い切って顔を上げた真白に、蔦が驚いて一歩退く。
「な、何だい、急に」
「お蔦、これから大事な話をするから、まずは何も口を挟まず聞いてくれるか」
神妙な面持ちで言うと、蔦は目を丸くして見返し、何事かを察したのか頬を引き締めて真剣な目で頷いた。
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