都忘れ 1

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 店の奥の部屋で向かい合い、真白は一つ咳払いをしてから、数珠の巻き付いた手を目の高さに上げて口火を切った。 「まずはこれだ。お蔦、お前が手首に合うようにしてくれたこの数珠。覚えてるか」 「そりゃもちろん。お(よう)さんが代金の代わりに置いてったもんだろ」  あっさりと頷いた蔦に「そうだ」と頷きを返し、真白は少し間を置いてから続けた。 「この数珠にはな、守護の神様がついていたのよ」 「――――― は?」  何を告げられるのかと身構えていた蔦は、気の抜けた声を漏らした。 『神様は言い過ぎだ』  真白の後ろの壁際に腰を据えた實親が、ぽつりと独り言ちるのを目だけで見やって、真白は蔦に目を戻す。 「神様って……本気で言ってんのかい」 怪訝そうに眉を寄せて問うのに、至極真面目に頷いてみせる。 そして、前の数珠の持ち主である葉のこと、彼女に降りかかった災厄とそれを引き起こした姉妹の顛末を話して聞かせた。  蔦は胡乱(うろん)げながらも口を挟まず、じっと聞いていた。 「まあ、神様ってのは大袈裟だがな。何ていうか……守護の霊? みたいなもんだ」 「守護の霊、ねえ……その、お公家さんってのは、今もそこにいるのかい」  眉を寄せたまま声を潜めて、恐る恐るといった様子で訊ねるのに、真白は吹き出すように笑った。 「そんな怖いもんじゃねえよ。今もちゃあんといるよ、そこに」  顎でひょい、と示すと、つられるように蔦が目を向ける。  だが、蔦の目には行燈の鈍い明かりが届かない、薄暗がりが見えるだけ。 「……まあ、あんたにそんな作り話ができるとも思えないし、本当のことなんだろうね」  難しい顔で、どうにか納得しようとしている蔦の様子に、實親はおや、と目を瞬かせた。真白も少し意外そうに見返して「信じてくれるのか」と問う。  すると、蔦は目を大きくして真白を見た。 「そりゃあ、突拍子もない話だけど、あんたは昔から怖がりで幽霊だの何だのは大嫌いだったじゃないか。自分から進んでそんな作り話なんてしないだろ」  なるほど、と一人納得した實親は、扇の陰で含み笑って目を細める。 『伊達に幼馴染ではないということか』 「だいたい、こんな与太(よた)(ばなし)であたしを(だま)して何の得があるってんだい」 「そりゃそうだ」  頷いた真白に、ふん、と鼻息荒く顎を逸らした蔦は、ふと思い至ったように首を傾げて呟いた。 「それにしても、怖がりのあんたがよくもまあ悪霊退治なんてできたもんだね」 「ああ、まあ、怖いってもんじゃなかったけどな」  ははっ、と情けなく眉尻を下げて笑い、ちら、と實親に目をやる。 「一人じゃなかったからなあ。お公家さんがどうにかしてくれるって信じてたし、実際どうにかしてくれた」  に、と笑う真白に實親はやれやれと呆れたように肩を竦めて笑った。  蔦は「へえ」と曖昧に頷いて、實親のいる辺りに目をやると残念そうに唇を尖らせる。 「あたしも会ってみたいねえ。そのお公家さんとやらに。だって良い男なんだろ」 「そうだな。ちょいと線が細いというか……役者の岩澤(いわさわ)藤五郎(とうごろう)より優男って感じだな」  以前一緒に見に行った芝居で花魁(おいらん)を演じていた人気役者を引き合いに出すと、蔦は目を輝かせる。 「藤五郎より? そりゃ、ますます見てみたいもんだよ」 『真白、いい加減なことを言うものじゃない』  實親が眉を顰めて窘めるも、真白はきょとんとして「いい加減なんかじゃねえよ」と悪びれもせずに言う。  壁に向かって反論を始めるのに、蔦は目を丸くして真白と暗がりを見比べた。 「お公家さんがもし誰の目にも見えたら、そこら中の女が放っとかねえよ」 『それは君の勝手な憶測だろう』 「何でえ、良い男だって褒めてんのに、何が気に入らねえってんだ。ひねくれてねえで素直に喜べばいいじゃねえか」  腕を組んで怒ったように言う真白に、實親は居心地が悪そうに眉を顰め、扇を口元に当てる。 『ひねくれているわけではない。褒めてくれるのは嬉しいが……限度というものが……話を大きくしようとするのは好ましくない』 「別に話を大きくしたつもりはねえが」 「あの、さ。ちょいと話が見えないんだけど」  きょろきょろと目を動かしながら状況を見守っていた蔦が、(らち)が明きそうにない、と口を挟んだ。 「お公家さんが良い男だってのは言い過ぎだって、当のお公家さんは言ってんのかい」
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