都忘れ 1

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 真白は大きく頷きながら、「俺は本当のことを言ってんだけどな」と付け加える。  すると蔦は、ふんふんと頷いて微笑んだ。 「お公家さんはね、きっと照れてるんだよ」  そう言うと、蔦は真白の視線を追って實親のいる方へ向き直る。 「この人はね、まず嘘やお世辞が言える(たち)じゃないんですよ。だから、お公家さんのことも本心から良い男だって思ってるんです」  でも、と悪戯っぽく笑って続ける。 「真白の言い様を見ている限り、随分と仲が良いようだから、とっくに分かってるんでしょうけどね」 「おい、お蔦……お前一体……」  怪訝そうに眉を寄せて止めようとする真白の目の先で、實親が嘆息した。 『嘘の吐けないお人好しだということは、重々承知しているよ』  聞こえていないと知りながらも蔦に告げると、實親はつい、と目を真白に向けて口の端に笑みを浮かべた。 『さすが、君のことをよく分かっている』 「真白、お公家さんは何か言ってるかい」  見計らったように同時に言われて、真白はどちらを先に答えたものかと見比べる。  ええい、と首の後ろを掻いてから、まずは蔦に目を向けた。 「俺が嘘が吐けねえお人好しだって、よく分かってるってよ」 「ふふ、やっぱり。お人好しでなけりゃ、相談屋なんてやってられないよね」  楽しそうに笑う蔦を後目に、今度は實親に向かって口を開いた。 「そりゃあ俺が選んだ女だからな! 何年の付き合いだと思ってんだ」  これにぎょっとしたのは蔦の方。 「え、ちょっと、何言ってんだい」  一方で、實親は声を立てて笑った。 「何って、お公家さんが、お前が俺のことをよく分かってるって言うから。そりゃ当然だ、ってな」 「俺が選んだ女、ってのは」 「間違ってねえだろ。俺が女房に選んだ女だ」  あっさりと頷く真白を、半眼で見返す。 「へえ。選べるほど他に女がいたのかい」 「ん?」  何やら雲行きが怪しいと感じて、真白は首を傾げる。 「選んだってことは、何人かいたってことだろ」 「いやいや、待てお蔦。そりゃあお前、屁理屈ってもんだぞ」  慌てて手を振るが、蔦は半眼のままふん、と鼻を鳴らす。 「屁理屈なもんかね。選ぶためには他にもいなきゃならないんだから」 「いやだから、それが屁理屈だって……」 『君の負けだよ、真白。素直にお前しかいない、とだけ言えば良いのだ』  ふ、と口を噤んだ真白は、目だけで實親を見る。  公達は涼しい顔で扇を揺らし、目で促した。  真白は居住まいを正して蔦に向き直り、真剣な表情で口を開いた。 「……お蔦。俺の言い方が悪かった。俺には、お前だけだ」  不意を突かれように目を大きくした蔦は、それを誤魔化すようについ、と指先で襟足の髪を撫でつける。 「お公家さんはそんな助言もしてくれるんだね」 「え」 「今、言う前にお公家さんの方を見てたろ。気付いてないとお思いかい」  ちら、と目を向ける蔦に、きまり悪く目を泳がせる。その様子に小さく吹き出した蔦は「ま、いいよ」と笑った。 「お公家さんの入れ知恵にしろ、意外な言葉が聞けたしね」  そう言って、にやりと口の端を引き上げる蔦に、真白は大きく息を吐いた。 「怨霊だのなんだのってのは、あたしには分からないけど、無茶だけはしないでおくれよ」 「おう、分かってる」 鷹揚に頷く真白に微笑んで、蔦は實親の方へと向き直る。 「ちょいと落ち着きのないおっちょこちょいだけど、真白のこと、どうぞよろしくお頼もうします」 畳に手をついて、深々と頭を下げる。 實親は目を瞬かせてから、目を細めて微笑んだ。 『しかと、請け負った』 蔦が頭を上げて、窺うように真白を見る。それに頷いてやると、ほっとしたように頬を緩める。 「それで、ものは相談なんだがな」 顎を撫でながらそれとなく切り出す真白を、蔦がきょとんと見返す。 「お前とこうやって所帯を持つ前は、お公家さんと晩酌をしてたんだ」 「へえ。お公家さんは飲めるのかい」 目を丸くして言った蔦に頷いて、首を傾げる。 「実際に減るわけじゃねえが、お供えみたいなもんだな」 「お供え」 「でも、味もわかるし、なんて言うか……男同士の、な?」 「な? ってなんだい」 呆れたように半眼になる蔦だったが、「分かったよ」と頷いた。 「お公家さんと飲みたいってんだろ。構いやしないよ。まあ、ほどほどにね」 そう言ってから肩越しに實親の座る暗がりを見やって笑う。 「事情を知らなきゃ、薄気味悪いもんねえ」 「一人で二人分の酒を並べて飲んで喋ってんだからなあ」 真白がおどけたように言うと、蔦と二人で目を合わせて笑った。 「あたしは先に上で休んでるから、男同士で好きにおやりよ」 じゃあね、と欠伸を噛み殺しながら梯子段を上がっていくのを見送って、真白は實親に目をやる。
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