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真白は大きく頷きながら、「俺は本当のことを言ってんだけどな」と付け加える。
すると蔦は、ふんふんと頷いて微笑んだ。
「お公家さんはね、きっと照れてるんだよ」
そう言うと、蔦は真白の視線を追って實親のいる方へ向き直る。
「この人はね、まず嘘やお世辞が言える質じゃないんですよ。だから、お公家さんのことも本心から良い男だって思ってるんです」
でも、と悪戯っぽく笑って続ける。
「真白の言い様を見ている限り、随分と仲が良いようだから、とっくに分かってるんでしょうけどね」
「おい、お蔦……お前一体……」
怪訝そうに眉を寄せて止めようとする真白の目の先で、實親が嘆息した。
『嘘の吐けないお人好しだということは、重々承知しているよ』
聞こえていないと知りながらも蔦に告げると、實親はつい、と目を真白に向けて口の端に笑みを浮かべた。
『さすが、君のことをよく分かっている』
「真白、お公家さんは何か言ってるかい」
見計らったように同時に言われて、真白はどちらを先に答えたものかと見比べる。
ええい、と首の後ろを掻いてから、まずは蔦に目を向けた。
「俺が嘘が吐けねえお人好しだって、よく分かってるってよ」
「ふふ、やっぱり。お人好しでなけりゃ、相談屋なんてやってられないよね」
楽しそうに笑う蔦を後目に、今度は實親に向かって口を開いた。
「そりゃあ俺が選んだ女だからな! 何年の付き合いだと思ってんだ」
これにぎょっとしたのは蔦の方。
「え、ちょっと、何言ってんだい」
一方で、實親は声を立てて笑った。
「何って、お公家さんが、お前が俺のことをよく分かってるって言うから。そりゃ当然だ、ってな」
「俺が選んだ女、ってのは」
「間違ってねえだろ。俺が女房に選んだ女だ」
あっさりと頷く真白を、半眼で見返す。
「へえ。選べるほど他に女がいたのかい」
「ん?」
何やら雲行きが怪しいと感じて、真白は首を傾げる。
「選んだってことは、何人かいたってことだろ」
「いやいや、待てお蔦。そりゃあお前、屁理屈ってもんだぞ」
慌てて手を振るが、蔦は半眼のままふん、と鼻を鳴らす。
「屁理屈なもんかね。選ぶためには他にもいなきゃならないんだから」
「いやだから、それが屁理屈だって……」
『君の負けだよ、真白。素直にお前しかいない、とだけ言えば良いのだ』
ふ、と口を噤んだ真白は、目だけで實親を見る。
公達は涼しい顔で扇を揺らし、目で促した。
真白は居住まいを正して蔦に向き直り、真剣な表情で口を開いた。
「……お蔦。俺の言い方が悪かった。俺には、お前だけだ」
不意を突かれように目を大きくした蔦は、それを誤魔化すようについ、と指先で襟足の髪を撫でつける。
「お公家さんはそんな助言もしてくれるんだね」
「え」
「今、言う前にお公家さんの方を見てたろ。気付いてないとお思いかい」
ちら、と目を向ける蔦に、きまり悪く目を泳がせる。その様子に小さく吹き出した蔦は「ま、いいよ」と笑った。
「お公家さんの入れ知恵にしろ、意外な言葉が聞けたしね」
そう言って、にやりと口の端を引き上げる蔦に、真白は大きく息を吐いた。
「怨霊だのなんだのってのは、あたしには分からないけど、無茶だけはしないでおくれよ」
「おう、分かってる」
鷹揚に頷く真白に微笑んで、蔦は實親の方へと向き直る。
「ちょいと落ち着きのないおっちょこちょいだけど、真白のこと、どうぞよろしくお頼もうします」
畳に手をついて、深々と頭を下げる。
實親は目を瞬かせてから、目を細めて微笑んだ。
『しかと、請け負った』
蔦が頭を上げて、窺うように真白を見る。それに頷いてやると、ほっとしたように頬を緩める。
「それで、ものは相談なんだがな」
顎を撫でながらそれとなく切り出す真白を、蔦がきょとんと見返す。
「お前とこうやって所帯を持つ前は、お公家さんと晩酌をしてたんだ」
「へえ。お公家さんは飲めるのかい」
目を丸くして言った蔦に頷いて、首を傾げる。
「実際に減るわけじゃねえが、お供えみたいなもんだな」
「お供え」
「でも、味もわかるし、なんて言うか……男同士の、な?」
「な? ってなんだい」
呆れたように半眼になる蔦だったが、「分かったよ」と頷いた。
「お公家さんと飲みたいってんだろ。構いやしないよ。まあ、ほどほどにね」
そう言ってから肩越しに實親の座る暗がりを見やって笑う。
「事情を知らなきゃ、薄気味悪いもんねえ」
「一人で二人分の酒を並べて飲んで喋ってんだからなあ」
真白がおどけたように言うと、蔦と二人で目を合わせて笑った。
「あたしは先に上で休んでるから、男同士で好きにおやりよ」
じゃあね、と欠伸を噛み殺しながら梯子段を上がっていくのを見送って、真白は實親に目をやる。
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