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「一体全体、これは何です。あなたはご存知なのですか、古着屋の店主」  眉を顰めて食い下がる慎之助に舌を打ちたいのを堪えて、真白は渋面で「後でな」とだけ返す。 「後で、説明してくださるのですね」 「してやるさ。だから今は中に」 『それじゃあ困るってんだよ!』  球体の妖が苛立ったように大声を上げたと思うと、どん、と慎之助の背に体当たりをした。 「うわ……!」 「あっ!」  勢いよく押されて門の外へと転がり出ようとする慎之助を、真白は反射的に片腕で受け止めようとしたが、いかんせん背丈もある男を腕一本で十分に支えられるわけもなく、道連れとなって一緒に路上へと倒れ込む。 「いってててて……」  強かにぶつけた腰を摩りながら起き上がり、ふと顔を上げると八重と目が合った。 「ひっ」  喉を引きつらせた真白はへたり込んだまま、慌てて後ろへと下がるが、その間も八重から目を離せない。  一緒に倒れこんだ慎之助も、地面で打ち付けたらしい肩を摩りながら起き上がったが、目の前に立ち上る瘴気の渦をぽかんと見上げている。 「し、慎之助さん、こっちへ。それから離れた方がいい」  真白が口早に言って手招くのに、「はあ」と気の抜けた声を漏らしながら渦から離れた。 「あれは何です。なぜあんなものが……」 「ありゃあ、良くねえもんです。近寄らねえ方がいい」  声を低めて囁くと、球体の妖が憤慨したように割って入った。 『やいやいやい、そいつをこっちに寄越しな。あっちのお公家さんとは話がついてんだ。お前さんはあの娘の願いを叶えてやりたいんじゃねえのかい』  唇を尖らせて文句を言う妖を目だけでじろりと見やった真白は、ふん、と盛大に鼻で息をする。 「お公家さんはお公家さん、俺は俺だ。そりゃあお八重さんの願いを叶えてはやりてえが、今のお八重さんじゃ話にならねえ」 『今のだろうがそうじゃなかろうが、娘は娘だ。いつ会おうが同じことだぞ。どうせ会っちまえば、恨みは膨れ上がるんだからな』 「落ち着いて話もできねえのに、同じわけがあるか」  鼻息荒く言い返す真白を、今度は妖が鼻であしらう。 『ふん、だったらお前さんがあの娘を落ち着かせることができるってのかい。到底無理な話だぜ。ありゃあすっかり自分の情念に呑まれちまってる』 「まだ分かんねえだろう。お八重さんは嫉妬ってもんを初めて知ったんだ。ちょいと振り回されてるだけだ」  慎之助を護るように八重との間に滑り込み、刀を構えた姿勢で言い合いをする様子をちらちらと目だけで窺っていた實親が、痺れを切らしたように口を開いた。 『真白、そやつに構うな。慎之助殿を早く中へ』 「おっと、そうだった」  はたと気づいて慎之助を振り返ると、これ以上ないほどに目を大きく見開いて真白を見ている目と出会った。  しまった。 「……あなたは、さっきから一体誰と話しているんです」  僅かに刻まれた眉間の皺と、瞳の奥に宿る疑念の色。強張った全身から伝わる畏怖の念。 「あ、いや……」  今更取り繕うこともできず、ままよ、と正直に話すことにした。 「俺は、ちょいとこの世のものじゃねえもんが見えちまう質なんだ。ここにゃ、訳ありの娘の霊がいて」 「お八重ちゃんか」  さらに大きく目を見開いて慄いたように唇を震わせて言うのに、真白は自分が何度も彼女の名前を口にしていたことを思い出し、思わず額を打ちたくなった。
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