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さすがの實親も眉を寄せて刀を構え直す。
――――― いいかい、實親。覚えておくといい。鬼に堕ちた者は、もう二度と元の姿に戻ることはおろか、成仏すら叶わなくなる。
かつての親友、陰陽師であった日下部(くさかべの)依光(よりみつ)の声が脳裏に蘇る。
實親は僅かに目を細めて八重を正面から見つめた。
今まで誰かを憎むことなどなかった純粋さゆえか。
ひとたび溢れ出た嫉妬は容易く憎悪へと姿を変え、八重の相貌すら変えてしまった。
『――――― 霊体であったからか』
生身の体があれば、それが歯止めとなる。だが、霊体だけの今は揺れ動く感情は直接作用する。
器たる体は悪く言えば枷。生身の体は大きすぎる霊力に耐えらえない。ゆえに高まる霊力により障りが出て、それ以上の暴走を無意識化で抑えようとする。
その枷がなくなれば。
霊力は感情の起伏に呼応してどこまででも膨らんでゆく。
高まり密度を増していった負の霊力の行き着く先。
それが、今の八重の姿。
初めて抱いた嫉妬と憎悪は、あまりにも純度が高すぎた。
純度の高い憎悪が、まるでふいごで風を吹き込まれて燃え上がる炎のように怒りで増幅され、悪霊を通り越して悪鬼へと変貌してしまったのだ。
『悪鬼に堕ちてしまっては、もう戻れぬぞ、真白』
そう言うと、實親は摺り足で一歩踏み出し、八重との間合いを詰める。
悪鬼と化した八重が、その禍々しい金色の瞳をぎょろりと動かして實親を見据えた。
『そこをおどき。その男を連れてゆくから』
『慎之助殿はあなたを妹以上の感情では見ていないことは、もう痛いほどわかっただろう。連れて行ったところであなたと結ばれるわけではない』
『もうそんなことはどうでもいいの。私は――――― そいつの息の根を止めてやらないと気が済まないのよ』
呻くように低く告げた八重の口は、頬の半ばまで裂け、犬歯が犬の牙のように大きく伸びて迫り出している。
實親はまじまじと彼女の顔を見つめた。
あの控えめでいつも目を伏せ俯き気味でいた八重の面影は、どこにも見当たらない。
嫉妬と憎悪は、ここまで人を変えてしまうのか。
『慎之助殿を殺せば、あなたの気は済むのか。今のあなたには、赤子の手を捻るより簡単にできるだろうな』
『簡単に……』
『悪鬼となり果てた今の姿。その手をよく見てみるがいい。その爪をもってすれば、慎之助殿の首を一掻きで引き裂ける』
その言葉に、八重は自分の手に目を落とした。
ゆっくりと目の高さにまで持ち上げて、驚愕にその金色の目を見開く。
『何、この手……』
骨ばって一回りほど大きくなったように思えるその手。指は奇妙に長くなり、蜘蛛の脚を思わせる気味の悪さ。そしてその指先には緩く弧を描く鋭い爪。
血のように赤黒く染まった爪は刃のように鋭く、實親の言う通り、慎之助の首を容易く切り裂けそうだった。
『これ、私の、手……? どうして、こんな』
『そんな姿になってまで、まだ、慎之助殿を殺したいと思うか』
恐怖からか浅く呼吸を繰り返していた八重は、はっとして鋭く實親を見返した。
迷うように震えた手を、彼女はぐっ、と握りしめ、やはり震える唇を開く。
『こんな姿になるほどに、私はあの人が愛しくて……憎い……!』
細められた目に薄く涙の膜が張るのを認めて、實親はそっと嘆息した。
『ならば、仕方がない。慎之助殿に仇を成すというのなら、私はあなたを斬らねばならない」
言うが早いか、實親は刃を横ざまに薙いだ。
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