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「悪鬼……なんてこった……」  呆然と変わり果てた八重の姿を見つめて呟いた真白を、驚いたように慎之助が見上げる。 「悪鬼? どういうことだ」 「あんたの言葉で怒りが振り切れちまったようだぜ。お八重さんは、悪霊になるどころか、悪鬼になっちまった」 「私の言葉で?」  眉間に深く皺を刻んで問い返す慎之助に盛大な溜息を吐いて言った。 「悪気のない一言ってのが、一番質が悪い。好いた相手の祝言を祝えなんて、あんた本気で言ってんのかい」  真白の問いに、至極真面目に頷く。 「お八重ちゃんは、妹同然だ。妹として祝ってほしいと思うのは当然だろう」  盛大に溜息を吐いた真白は、がりがりと項を掻いて、ぐい、と慎之助の腕を引いた。 「あんたはそうかもしれねえ。いや、分からんでもない。だがな、お八重さんは違う。ずっと小さい頃からあんたに惚れてたんだ。いつかあんたと夫婦になりたいとそう願ってきた。そんな娘に、別の女と夫婦になるのを祝えってのは、あまりにも酷だとは思わねえのかい」  眉を寄せて、自分の方が泣きそうに顔を歪めて声を荒げる真白を、慎之助は目を大きくして呆然と見返した。 「俺は言ったはずだ。お八重さんはあんたにずっと惚れてたって。それなのに、まったく考えが及ばなかったってのかい」  やや厳しい声音で問われて、慎之助は思い出したように息を吸い込んで力なく頷く。 「お恥ずかしながら……。そうか、そうですよね……。私はなんと酷い仕打ちをしてしまったのだ」  がっくりと首を折って項垂れる慎之助を見下ろした真白は、その目を八重に向けて痛まし気に目を細めた。 「――――― あんたは間違えちまった。だが、一番間違えちまったのは、お八重さんなのかもしれねえな」  八重が顔の横に立てた手は片手だけで彼女自身の頭を一掴みにできそうなほど大きく。そこに備わる蜘蛛の脚のような長い指。その指の第一関節から大きく伸びた鉤のような太い爪。  その太い爪が實親の振るった刃を受け止め、ぎり、と耳障りな音を立てた。  手首を使って刀を引いた實親は、そのまま刃を翻して下から斜めに斬り上げる。  ぐん、と体を大きくのけぞらせてそれを避けた八重が、その反動を利用して勢いよく体を起こすと同時に顔の前で交差した両手を大きく左右に振り抜いた。  半歩下がりぎりぎりのところで避けた實親を、八重が追撃する。鼻先を掠めた八重の鋭い爪など目もくれず、刀を低く構えて彼女の様子を注視していた實親は、ふと気づいて眉を寄せた。  一振りごとに八重の腕は太く長く変化してゆく。  實親は奥歯を嚙み締め、姿勢を低くして一歩踏み出しながら大振りの一撃をやり過ごすと、矢のように前に飛び出した。  大きく踏み込んで八重の懐に飛び込むと、その喉元を狙って刀を振った。  刹那。 「お公家さん!」  滑り込んできた必死な声に、すんでのところで刃を止める。まさに、髪の毛一本分のところで止まった刃から目を離さず、實親は鋭く問い返す。 『どういうつもりだ、真白』 「お八重さんに、聞いてほしいんだ!なあ、お八重さん、慎之助さんの話をもうちっとだけ聞いてやってくれねえか」  自身の首元に据えられた刃を目だけで見やった八重が、その金色の瞳を動かして真白を捉えた。
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