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翌日は雲一つなく晴れ渡り、そのせいか随分と冷え込む朝だった。
炊きたてのご飯と味噌汁、それに昨夜の残りの煮物で食事を済ませると、手早く片付けをした蔦がまだお茶を啜っている真白に声をかける。
「それじゃあ、おっ母さんのところに行ってくるよ」
「ああ、ゆっくりしてこいよ」
実家に向けて歩き出す蔦を見送って、真白は欠伸を一つ。以前は毎日通っていた道だから、心配することもないだろうと、のんびり奥の部屋に戻ってお茶を啜る。
『今日は随分のんびりしているな。店は開けないのか』
不思議そうに首を傾げて問う實親を見返して、目を瞬かせた。
「ああ、そういやお公家さんには言ってなかったっけな。今日はちょいと買い付けに回ろうと思ってんだ。足を伸ばしてあちこち回るつもりだから、今日は店は休みにした」
『では、蔦の君は……』
「店番の必要もねえからな。実家に顔を出してくるってよ」
『そういうことか』
合点がいったように頷くと、實親も寛ぐように腰を下ろす。
『買い付けはどこへ?』
「川向こうはお武家さんの屋敷が並んでるからな。いろいろ回ってみる。吉原にも寄ってみるかな」
言いながらお茶を飲み干し、空の湯呑みを汲み置きの水で軽く洗う。
まだよそ様の家を回るのは早いだろうと、塵払いを手に店の中を大雑把に叩き始めた。
そこへ、遠慮がちに呼ばわる声。
「――――― あのぅ、もし。真白さまはいらっしゃいますか」
真白は手を止めて實親と目を合わせる。
「……この声は」
『信如のようだな』
はいはい、と気安く応じて店の戸を開けた。
そこには、顔見知りの小坊主がぽつりと立っていた。
「朝早くに申し訳ありません。少し相談したいことがありまして」
「おう、構わねえよ。入りな」
「ありがとうございます。九条さまもお変わりないようで何よりです」
實親に目を留めた信如は、手を合わせて会釈をすると、店の中に足を踏み入れた。
暖簾をくぐって奥の部屋に座らせ、真白は新しい湯呑みに白湯を入れて信如の前に置く。
「ちょうど女房が出かけちまってな」
「真白さま、奥様がおありでしたか」
目を丸くして問う信如に、真白はやや鼻白む。
「俺に女房がいちゃおかしいか」
その不貞腐れたような言い様に、實親が扇の陰で吹き出すように笑った。
「いえ、そういうわけでは……勝手に独り身だと思っておりました」
申し訳ありません、と信如が頭を下げる。
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