横向きのひまわり

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 夏子と言われるのが嫌。待てよ、少し違う気がする。 「ええ、今更? 『中学二年生になったし、呼び捨てにしよう』って言ったのは、夏子のほうじゃん。夏子だって、私のことはちゃんと『美穂』って呼んでくれてるし」  そうだ。小学校の頃から『みほちゃん』『なっちゃん』と私たちは呼び合っていた。もう中学生だし、しかも二年生になったし、ちゃん付けはなんか子どもっぽい、呼び捨てで呼び合ったほうが、さらに友達感が増すよ。そう提案したのは私のほうだ。私はもうちゃん付けしないのが定着してきているし、呼び方を変えてから三ヶ月は経った。自分からこんなこと急に言いだすなんて、どうかしている。  でも。心の中でこっそりとため息をついた。 「確かに『夏子』って呼ぶと、反応遅いよね。今日のチーム決めのとき、わざと『なっちゃん』に戻してみたんだよ。そしたらすぐに反応したよね」  ムッと、少し怒ったような、不機嫌そうな顔をする美穂。勘違いしてほしくないことはちゃんと伝えなきゃいけない。 「美穂のこと、一番仲の良い友達だよ? ただね、その……」  美穂の真剣な視線が横顔を直撃する。美穂は真顔でをじっと待っているようだった。 「『夏子』って名前、やっぱり好きじゃないの」  家はもうすぐだ。足は止まったまま、動かない。 「だって、夏に生まれた女の子だから、『夏子』なんだよ? 名前の決め方、テキトーすぎじゃない? 男の子だと思っていたからって、お母さんがとっさにつけたらしいよ。もっと良い名前ならよかったのに」  今まで心にしまっていた言葉が、友達の前でとめどなく出てきそうで、急いで蓋をした。 「夏子って言われるの、家族はもう慣れたけど、せっかくなら友達にはもっと可愛いあだ名で呼んでほしいんだよ。なっちゃんでもいいよ。オレンジジュースみたいだけど」  オレンジジュースを思い浮かべて、思わずくすっと笑ってしまった。美穂は表情ひとつ変えなかった。 「『夏子』って呼んでもらったほうが、仲良い感じするけど、別に呼び方なんてなんでもいいんじゃないかなーって思ってきた。呼び方変えたり戻したりしたところで、私たちの関係って変わらないと思うし」  私、なに言っているんだろう。付き合いたてのカップルでもあるまいし。  美穂の表情が変わってきた。顔に感情が出やすくって、なにを考えているのかすぐにわかる美穂の表情は、正直困っている様子だった。私は自分の家を見て歩き出した。美穂も遅れてついてくる。 「べ、別に私は……」  ひさしぶりに出た美穂の言葉が、つまる。 「夏子って名前、十分かわいいと思うけど……」  バリアが張られた。嫌いな自分の名前を受け付けない、誰にも見えないバリアだ。 「まっ、美穂の好きなように呼んでくれていいよ。じゃ、また明日!」  おつかれと手を振って、家へと駆けこんで行った。
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