第一章〜雨の日の出会い〜

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「おや、椿。もう上がったのかい?」 「えぇ、あれ以上入ると僕がのぼせてしまいますから。あっ。君、目が覚めたんだね。良かった」 狐男は女鬼に近づき腰を下ろすと女鬼は狐男に頭を下げた。 「先程は助けて頂きありがとうございます。このご恩は必ずお返し致します」 「良いよ、恩とかお礼とか。僕が好きでやっているだけだから。それに堅苦しいから普通にしてて良いよ。僕の名前は椿。椿と気軽に言ってくれて構わないよ」 「私は愛音と言います。愛する音と書いて愛音です」 二人は互いに自己紹介すると老婆は新しいお椀に豚汁を入れ箸と一緒に椿に渡し椿はそれを受け取った。 「愛音か。良い名だね。それより、どうして白無垢でこんな酷い雨の中にいたの?」 愛音は椿の質問に胸がざわつき、顔を真っ青にしながら懸命に言った。 「式を逃げ出したんです。何人もの知らない怪かしの頭と婚約の約束を交わし、今日はその二人目と婚約を結ばなければならなくて。それで、嫌になって逃げ出しました」 愛音は言い終わると椿は右手で愛音の頭を優しく撫でて慰めた。 「そうか、とても辛い想いをしたね。確かに好きでもない誰かと結婚なんて嫌に決まってる」 椿は愛音を見ながら悲しい顔をすると老婆は手を二回叩き場の雰囲気を変えた。 「こらこら、椿。アンタが悲しそうな顔をしてどうするの。この子の問題はこの子に決めさせなさい。わしは出来れば此処にいて欲しいがな」 「お師匠様、本音が駄々漏れですよ。でも、行く宛が無いならここに居ても良いよ。ねっ、お師匠様」 椿は名案のように老婆に言うと老婆はうんうんと頷いた。愛音は空になったお椀の底をじっと見て悩み、考えた。 「そ、その。ご迷惑でなければ此処に居ても……」 「良いに決まってるよ!」 「そうじゃよ。遠慮することはない。わしらの事を家族とでも思って気を許しなさい。椿も子供のように喜んでいるみたいだし。着物はわしのお古があるからそれを使うと良いよ」 二人は喜びに満ち溢れた顔をすると、愛音は涙を溢した。二人の言葉が嬉しかったのか、彼女の中に何かが切れたのかそれは彼女にしか分からない。椿は泣いている愛音を見ていてもたってもいられなかったのか優しく抱き締めながら背中を擦った。愛音も椿の温もりの居心地が良かったのか抱き締め返しいつの間にか二人だけの世界になっていた。それを一部始終見ていた老婆はわざとらしく咳払いをして二人は現実に戻り自分達がしていた行いを思い出し二人は顔を林檎のように真っ赤にしていた。 (わ、私ったら。一体何を。初めて会うのに抱き締め返すなんて、でも、とても暖かかっくて居心地が良かった。それに嫌でも無いって! 私はまた何を考えて!) (僕は一体何をしていたんだ。女性にこんなことをするなんて僕らしくないな) (この二人……もしかしたら。孫が見れるかもしれない) 一人は自分の願望を願っている者。また一人は自分が何であんな事をしたのか分からない者。また一人は自分のしたことに恥ずかしさが隠せない者。三人は心の中の想いを静め川の字で夜を過ごした。
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