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 温かい湯気。  問答無用でお腹がくるると鳴りそうな、優しい食卓の香り。  創太はダイニングテーブルに並べられた色とりどりの夕食を前に、小さな口を真一文字に引結んでいた。今晩は大好物のハンバーグ。その上には創太が今一番熱を入れている「コスモレンジャー」がケチャップで器用に描かれている。  いつもの創太なら両手を上げ一曲小躍りするところなのだが、今日はその小さな拳は膝小僧の上で固く結ばれ、金縛りにでもあったかのようにピクリとも動かなかった。 「創ちゃん、まだ怒ってるの?」  母の機嫌を伺うような声に、創太はソックスの中できゅっと5本指を折った。  怒っているのかと聞かれても、5歳の創太には正直よく分かっていなかった。この胸を渦巻くもやの名前が分からない。それは雨の日の黒い雲に似ていて、初めての海で溺れた時のように息苦しいものだった。  母は言葉を発しない息子に小さく息を吐くと、何も言わずその小さな頭を胸に抱いた。  事の始まりは昼下がりまで遡る。
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