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 先輩のシフトはあまり合わない。先輩は大学生だった。平日の授業がない時間にバイトを入れることが多いようだ。家庭教師もしているようで、ファミレスは少ししか入ってこない。  デート当日。先輩は車で家まで迎えに来てくれた。  家までとなりである速峰がカーテン越しに見ていることは気づいていたが、無視をして車に乗り込む。この日のためにワンピースを新調していた。  今年は花柄が流行のようだ。見事に一着も持っていなかった。  低い車体のスポーツカータイプに身を滑り込ませる。結構屈まないと乗れない。 「いい車ですね」 「重低音がいいだろ? 中古だけどね」 「中古でも高そうですよね。学生で買えるなんてすごいですね」 「まあね」  相場はよくわからないし、買えるものかもしれないし、その辺りはよくわからない。先輩はそのあたり、会話を広げる気もないらしく、映画に行こうと言ってきた。  別に行きたい場所もないので、いいですねと返した。  週末でのモールにある映画館はカップルばかりだった。そうか、みんなこういうところに週末はいるのかと感心した。私たちもその他大勢だ。速峰とずっと古本屋にいる場合ではない。 「実はもう予約してあるんだ」  先輩は、少しぽっちゃりしており、私と同じくらいの背丈をした小柄なのか大柄なのかよくわからない人だ。年齢に差が無いのに、チョイスした映画が若者が観なさそうな泣ける人情物だった。いい作品であるが、シリーズ6って如何なものだろう。 「大丈夫、大丈夫。ここから観た人もわかる内容だよ」 「そうですか」  などと言っていた先輩だったが開始、早々寝始めた。嘘だろ、と思ったがいびきもかじはじめていたので、すかさず起こした。 「ごめんね」と耳元で言ってきたが、生暖かい息が少し苦手だと思えた。  ここにきて速峰の「あいつあ、やめとけ」の言葉が蘇る。  先輩は起きたが、途中なぜか私の手を握ってきた。私は咳をするフリをしてそっと放した。  いかん。このままでは速峰の予感的中かもしれない。  映画がようやく終わって、ランチとなった。先輩は安いファミレスに入っていた。バイトをしているのに、ファミレスに入るのかとよっぽど好きなんだなと思った。  それを言うと、携帯のクーポンを出してみせた。20%割引だった。 「大きいですよね、20パー」 「うん。だから何頼んでもいいよ。奢るからね」  それはありがたい。ワンピース高かったので、デート代助けてもらえるのはいい。  先輩はファミレスに来てカットステーキを頼み、私はハンバーグアボカド乗せを頼んだ。 「女子っぽい~。アボカド好きだよね」  と言って、また私の手を握ってきた。手を触りたいようだが、握られていたら食べられない。 「俺も、好きだよ。女子っぽい?」  速峰が湧いて出てきた。先ほどのシーンまで存在してなかったのに、いつからいたのだろう。 「先輩とはまだ一度もシフトかぶったことがないバイトの後輩です。速峰と申します、以後御見知りおきをー、俺も追加注文するね。アボカドハンバアーグ!」  だめだ。もうお開きだ。そう思ったのだけど、先輩は気を悪くする風でもなくカラオケにあとで行こうと速峰も誘ってきた。  速峰は一瞬、固まったが(想定してなかったのだろう)いいですよ、受けて立ちますと妙な言い回しをした。  速峰は奢ってもらえず、ファミレスのお会計をすませて、カラオケ店に到着。速峰はカラオケでいつも、流行ソングを歌う。  私はいつも往年のロック歌手の歌を歌う。二人でいつもいっているためそこそこ上達している。先輩はあまり歌わず、私にとあるアイドルの歌を所望した。 「すいません、よくわかりません」 「じゃ、一緒に歌おっか」  慣れた手つきで、タッチパネルのリモコンを操作して画面に出す。よく流行っているが、サビ部分しか知らない。  なんとなく歌っていたら先輩が視線を合わせてきた。音程を合わせろという意味かと思って集中する。すると、また手を握ってきた。  その上に被さるように速峰も握ってきた。  ――お前はなぜだ。 「俺ら三人仲良しっすね!」  にこっと笑顔で言う。先輩は今度こそ、機嫌を悪くした。 たくさんジュースを飲んだ速峰がトイレに立ち、先輩がつめよってきた。 「ねえ、あいつって君の彼氏? ずうずうしくないか」 「普段はいいやつなんですけど」 「もういいや。解散したフリして後で別の場所行こう」 「え」 「そうだな。ベッドあるところでもいいかな。着てほしいものあるし」 「ちなみに、どんなものを着用させる気ですか」 「やましい気持ちはないよ。ただ、メイドの格好が絶対似あうと思って。そこでは写真だけ撮らせてくれたらいいから。触れないのは約束する」 「どうしましょうか」 「うそうそ、警戒してるの。僕みたいな無害なやつに? 大丈夫。安心して。何もしないから」 先輩がまた耳元でささやいた。 これ、あかんやつや。なぜか関西弁で思ったのだけど、断ることができないでいる。これほどまでに経験値が少ないと失礼なく断る言葉がみつからない。 ちゃんとはっきり断らないと。でも車に乗せてもらわないと帰れない。 そうだ、速峰に言って二人で帰ろう。仕方ないけれど電車で。  携帯が鳴った。すかさず、画面をみると、私は絶望した。 『俺、邪魔者みたいなので帰ります』  ハヤミネ!!!  握りこぶしが強く出てしまった。  本来ならこのまま、流されてしまって、ホテルあたりで速峰が登場するのか、しないのかわからないが、不確定要素をあてにするわけにはいかない。  私は先輩が着てほしい物を拝借して急いでトイレに行って、着替えた。メイド服はいやらしく、丈が短い。 「先輩、さあ撮影なさい」 「え、あ、着てくれたんだ、でも、ここで――」 「私、大事な用事ができました。これから一緒に、これから一緒に殴りにいこうか、という音楽がガンガン鳴っている所存です」 「え?」  なんか動かない先輩にいらだちが増して、私はソファに置いてあった先輩のリュックをひっつかみ空中に飛ばして、回し蹴りを食らわした。  ものすごい音がして壁に吹っ飛ぶ。中のものがバラバラと舞った。 「うわっ」 「こうしたい相手が先輩にはいらっしゃいますか」  先輩は目をきょろきょろさせて答えない。 「私はいますよ。猫被るのやめますね。お前はこうして撮影した写真を売って高そうな車を買っているらしいな」 「は、何を言って……」 「速峰はホテルで私を助ける。お前は写真が手に入る。もしくは速峰はその写真を買う。一石二鳥ってやつだな」 「どうして、それを……!」  震えだす先輩。私はまるでミステリものの主人公になった気分だ。 「だってほら」  私は携帯の画面をみせた。それは『邪魔者なので帰ります』の後に、速峰が送り先を間違えたのか、 『ホテルでは写真撮影が終わったあとに登場します。もちろん、彼女に手は出さないでくださいね。ジェスチャーですから。俺が華麗に助けます。でも、撮影した写真は売ってくださいね(笑)』  と送っていた。これを見た瞬間、すっと冷静になれた。 「(笑)じゃないよな、あいつ。マジでしばく(笑)」  気づいたら先輩の首をしめていた。先輩は気絶した。私はその格好のままカラオケ店を後にする。店から出たところを張っているだろうから尾行させるため、公園へ向かう。
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