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【① 運動会のお知らせ】
月斗(つきと)も李花(ももか)もすっかり保育園にも慣れ、大人たちの生活も落ち着いてきた。
「あっ、パパ来た~」
今日は、有李斗(ありと)が子供たちのお迎え。
有李斗の姿を見た李花が帰り支度を急いでして、靴を履き、走って行く。
「李花、お帰り。楽しかったか?」
「うん。今日はね、公園で運動会の練習したんだよ」
「運動会?」
「うん」
「パパ~」
李花と話していると、遅れて月斗も走って有李斗の所に来た。
「月斗、お帰り。運動会の練習したんだって?」
「うん、そう」
「そうか。2人ともできそうか?」
「「できる~」」
有李斗の問いに、月斗も李花も元気に答えた。
帰りに担任の先生から運動会についての手紙をもらった。それを軽く見ながら保育園を出た。
【保育園でも色々やるんだな。ん?】
「あっ、大(だい)だ~。だ~い」
李花が大の姿を見つけ、大きな声で呼んだ。
「おう。今帰りか?」
「うん」
大と李花が話している間も、有李斗は手紙を見ながら考えていた。
「おい、どうした?」
あまりに考え事をしているので、大は心配そうな顔をして有李斗に聞いた。
「ああ。これだ」
「ん?運動会開催について…、かあ。ふ~ん。こんな小さな保育園でも運動会とかやんだなあ。で、何でお前が深刻な顔して考えてんの?」
「よく見ろ。種目」
手紙の下の方には、年長組の種目が書かれていた。
「なに、なに~。リレー、組体操、お遊戯(お父さんやお母さんも一緒に踊ります)、親子リレー、保護者リレー。… …。(笑)親がやるやつの方が多くねえ?」
「だろ?まあ、お遊戯は優(ゆう)がやってくれそうではあるが、保護者リレーとか…」
「そうだよなあ。お前、飛ぶ事はあっても、普段走らねえもんな(笑)」
「ああ。これは翔(しょう)にでも出てもらうか。お前でもいいぞ?」
途中、大が揶揄い半分で答えたのに、いつにも増して真剣な顔で有李斗は大と話していた。
「な~に言ってんだよ。こういうのは、お前と優が出るんだろ?頑張れ、パパ(笑)」
【確かにそうだ】
有李斗も分かってはいる。分かってはいるが、人前でそんな事をしたのは高校の行事までくらいだったと思い返していた。
「まあ、あとは優に相談しろ。お前たちは行事の事だけ考えていれば大丈夫だ。席取りやら弁当こそ、こっちでやっから。な?」
「・・・・・」
「しょうがねえなあ(笑)。月、李。ちゃんとパパの事、部屋まで連れてけよ。で、ママに保育園からの手紙をちゃんと見せて、この状況を説明しろな」
「は~い。大、私たち降りるね。月ちゃん、行こう」
「うん。パパ?」
「あ、ああ」
有李斗が考えている間にマンションへ着き、エレベーターに乗り、月斗と李花に誘導されながら有李斗も部屋まで戻った。
大は笑いながらエレベーターを閉め、1つ上の自分の階へ行った。
―――「「ただいま~」」
子供たちは玄関を開け、帰ってきた挨拶をしながら入って行った。
「おかえり~。有李斗、ありがと…???…どうしたの?」
玄関まで来て優の目に入ったのは、有李斗が1枚の紙を見ながら考えている様子だった。
「ねえ、2人とも、パパどうしたの?」
「うんとねえ。運動会のお手紙見て考えてるんだよ~」
大に言われた通りに李花が説明をする。
「運動会?」
「そう。保育園で運動会があってね、ママやパパたちが出るのもあるの~」
「翔ちゃんか大にお願いしようかなってパパが言ったら、ダメだよって言われたの~(笑)」
李花と月斗の説明を聞いた優は、玄関のイスに座りながらずっと手紙を見ている有李斗に声を掛けた。
「ふ~ん。そうかあ。有李斗、大丈夫?」
「う~ん、どうするか」
子供たちを見ていても、それほど深刻な感じはしないのに有李斗はそうではない。そんな有李斗を見て、優も心配になった。
「そんなになの?有李斗がそんなに悩むくらい難しいのなの?…でも、保育園のだから5歳の子ができるのだよねえ?でも~。あの~、そう言えば、運動会って何だろう…」
みんなの話す勢いに乗っていた優だったが、考えてみると運動会という言葉だけしか知らない事に気が付いた。
「運動会ってな、リレーとか綱引きとか色んな運動競技を競うイベントだ」
「リレー…、綱引き…。全然分かんない。有李斗、ごめんね。僕、全然分かんないよ…」
優は、有李斗が一生懸命悩んでいるのに、自分は何も知らなくてどうしようかと、申し訳ない思いでいっぱいになった。
「心配するな。あとでちゃんと教えてやる。俺がこんな所で考えていたからだな。悪い。部屋へ入る」
有李斗は玄関先にあるイスに座っていた腰を上げ、優と一緒に部屋へ上がる。月斗と李花は既に部屋へ上がり、手洗いや着替えなどをしていた。
―――すぐに夕飯になり、食べながら運動会の話をする。
「お遊戯?」
優が改めて保育園からの手紙を見て、その部分が目に留まる。そして、優の横にいる月斗は、その言葉を聞いて、優の服をチョンチョンと引っ張り言う。
「一緒に踊るんだよ~。ママ、一緒に僕と踊って?」
月斗にお願いをされた優は、すぐに返事をしてあげたかったが李花の事もあるので、頭を撫で、ニコリとしただけで言葉を返さなかった。
「そっか。うちは月ちゃんと李ちゃん2人いるから、どれも有李斗と2人でやらないとダメなんじゃない?それと、おじいちゃんやおばあちゃんとやるこれはどうしよう?お義父さん来てくれるかなあ」
優の話を聞いた有李斗は、その事までは考えていなかった。どれどれと優から手紙を見せてもらう。
「まあ親父は呼べば来るだろうが、もう1人はどうするか。大臣に頼むのがいいんだろうが会場が騒ぎになるだろうし。院長にでも頼むか?さすがに先生は失礼だろう?」
先生が一番お願いしやすいと言えばそうなのだが、普段の先生を見ていると、『祖父』の枠に入れるのは失礼な気がして話しづらい。
「う~ん。これは明日、保育園の先生に聞いてくるよ。それよりも有李斗はお遊戯できる?」
優は有李斗が踊る姿を思い浮かべてみたが、明らかに無理のような気がした。
「ん?」
優からの問いに有李斗は一度動きを止めて、優の顔を見直してから言葉を発した。その姿を見た優が小さく笑う。
「フフッ。無理だよね?(笑)だって、さっきのこの子たちが踊っていたようなのを有李斗がって思ったら…。アハハ(笑)」
最後は大きく笑っていた。
「笑うな。まあ、でも、しかし、さすがにそれはちょっとな…。多田か堀口にでも頼めばいいだろう」
優に笑われた有李斗は、場が悪そうにしながら他の人に頼む事にした。
「うん。そうだね(笑)」
―――リレーものに関しては有李斗の他に、大と翔にもお願いして、祖父母関係は早瀬にお願いする事にした。大臣に関しては、園側に確認をしてからという事にした。もしダメそうな時は先生に話を持って行く事になった。その旨を、大と多田へメールで報告する。すると、すぐに大から返事が来た。詳しく知りたいから週末に集まって考えようと書いてあった。有李斗も優も、そのようにしてもらう事にして、それを伝えた。
―――週末になり、有李斗宅で運動会についての話し合いをする。メモをしながらだと見づらいと言って、大は病院から白板を持って来た。
「えぇ~。これ何?こんなのまで持って来たの?」
白板を持って来た大に、優が笑いながら言う。
「だって、こいつで書きながらの方が見やすいだろ?」
「そうだけど、何だかテレビで見る『会議』って言うのみたいだね(笑)」
「実際、会議だろう?(笑)」
「うん…(笑)」
大が白板を持って来て、いつもと違う部屋の雰囲気を感じていると、優は何だかワクワクしてきた。運動会というものもよく分からない。でも、みんなの楽しそうな顔を見ていると、ワクワクが大きくなっていくのが分かる。
「優、楽しそうですね」
優の事を見ていた多田が傍に来て声を掛けた。
「うん。運動会ってよく分からないんだけど楽しいの。有李斗のね、あんな顔も見れて嬉しいし。子供たちのために悩んでくれてるの。それを見てると、幸せだなあって。色々なものが幸せだなあって思うの」
未だ、保育園からもらった手紙を見ながら悩んでいる有李斗を見て、優は、この先もこのまま幸せが続いて欲しいと願わずにはいられなかった。
大の司会進行の準備が整ったようで、白板を前にいつも通りの少し大きめな声で開始の言葉を言った。
「さ~て、始めっか。えっと、まずお遊戯な。これは優と…」
「あっ、それは多田さんか堀口さんか翔にお願いしたい。もちろん、先生や大でもいいけど…。有李斗には、ここ的に無理だと思うから、他の人で…」
自分の胸を軽く叩きながら優はみんなにお願いをした。そのジェスチャーを見て、有無も言わずにみんなは頷いていた。
「そうだなあ。これは悠一さん、堀口くん、翔の3人で相談して。次~、親子リレー。これはお前ら2人が出ろな」
大が、有李斗と優を指さして言う。
「う、うん。有李斗とリレー。うん。頑張らないと!」
いつもと違い、優は少し息を荒くして答えた。
その後も他の種目の事も話し合い、当日の細かい事も決めていった。終わったあとは、いつものように食事をしながらお酒も入る。
「有李斗?あの…」
優が有李斗の横に座り、肩を叩いて呼ぶ。
「どうかしたか?」
「うん。有李斗、親子リレーに出るでしょ?大丈夫かなって。もしかして見づらいんじゃないかなって思って…」
有李斗には片目がない。普段の生活は慣れたので、疲れ目以外はさほど支障がないように思っていたが、リレーで走るとなると周りの景色も速く動く。子供の運動会とは言え、見づらい上に転んだりしたら困ると優は思っていた。
「まあ、そうだな。でも、子供たちに合わせてのものだから大丈夫だ。大人しか出ないものは、お前と翔がやってくれるしな。問題ない」
「それならいいけど。ダメそうなら言ってね」
「ああ。――しかし練習しないとなあ。明日からみんなで少し走るか」
グラスに入っている水割りを飲みながら、有李斗は優へ目線を替え言う。
「そうだねぇ。しばらく運動もしてないしねぇ。よく考えたら、僕はリレーっていうもので走った事がないんだあ。多分、翔も。あっ、でも翔は、お外で暮らしていた事もあるから月ちゃんと李ちゃんとしてたのかなあ。とりあえず僕は練習しないとだね」
優は少し困った顔をしながら、有李斗がテーブルに置いた水割りのグラスを両手で持ち、何故かチビリと一口飲んだ。
「おい、飲んだのか?」
優が手から置いたグラスを有李斗は改めて見直して、少し慌てたように言った。
「うん。ほんの一口だから。でもやっぱり舌がピリピリして苦い~」
優は、ベェ~っと舌を出して苦そうな表情をし、そのあと『エヘヘ』と笑った。
「まったく。なにも美味しくないものを飲まなくても」
有李斗は、グラスの傍に置いてあるチョコを1つ、優の口へ入れながら言った。
「ん~、美味しい~。――だって、美味しくはないけど、何となく飲んでみたいなって思っちゃうんだもん」
既に酔い始めているのか『へへッ』と、可愛い笑顔を見せながら、有李斗のチョコをもう1つ口に入れた。そして、更にもう1つ食べるのかと思って有李斗は見ていたが、『美味しくない』と言っている水割りを持ち、またもやチビリと飲んだ。
「優、ダメだ。いつかみたいに頭が痛くなるぞ」
優からグラスを取り、テーブルへ置く。普段ほとんどお酒を飲まない優は、二口しか飲んでいないのに(実際は二口という程、口に入っていない)、顔がほんのり赤くなり、グラスの中のお酒をジッと見ていた。
【これは既に酔っているな…】
優の状態を見て、有李斗は多田を呼ぶ。
「多田、悪いが水をくれないか。優が酔った」
「はい、すぐに。珍しいですね。こんな感じになるなんて」
多田は、有李斗に答えながら席を立ち、冷蔵庫へミネラルウォーターを取りに行った。その間にも、優と有李斗のやり取りは続く。
「有李斗~?」
「どうした?」
「エヘヘ~」
―――――――
「あ~り~と~?」
「ん?どうしたんだ?」
「エヘヘ~」
優が有李斗の名前を呼び、有李斗がそれに答える。優はそれが楽しくて、笑顔を有李斗に向けながら何度目かでまた、グラスに手を伸ばした。そして、ヘニャっと可愛い笑顔をしながら水割りのグラスに手を伸ばす優を、優しく有李斗が止める。
「ダメだ。もう酔っているだろ?」
「う~ん、ダ~メ~。僕も~」
有李斗に少し大きめな声で答え始めた優の声がみんなに届く。優の異変に気付いて2人を見た。
「どうした?」
異変に気付いた大が有李斗に聞く。
「ああ。優が俺の酒を飲んで酔ったんだ」
有李斗が止める手をすり抜けながら、優は何度もグラスを持とうとする。そして、話を聞いた大が優の傍まで来て、溜め息を吐きながら座った。同時に多田がミネラルウォーターを持って来た。
「よっこらしょっと。お前、な~にやってんだ?」
「う~んとねぇ~、みんなと同じように飲んで食べてるの~」
「そっか。美味いか?」
「ううん~。でもいいの~」
「でもなあ?もうよしとけよ。明日、頭痛くなるぞ」
有李斗からグラスを取ってチビチビと飲む優の手から、大がグラスを取り、有李斗に渡した。代わりに多田から受け取ったミネラルウォーターを優に渡す。
「ん~、これお水~。これじゃないよ?大、僕が飲みたいのはこれじゃないの…」
ミネラルウォーターを一口、口に含むと、少しむくれた表情をしながらペットボトルを大に返した。
「まったく、急にどうしたんだ?」
大は呆れて有李斗を見るが、有李斗は困っている顔を大に向けるだけだった。
「優?まだ飲みたいのか?」
有李斗は、このまま止めても繰り返すだけだと思い、まだお酒を飲みたいかを優に聞いた。
「…うん、飲みたいの。たまには僕だってみんなみたいに飲みたいんだよ?」
酔っているからか、潤んだ目を有李斗に向けながら優は答えた。
「分かった。でもな、これはもうお終いだ。違うのを持って来るから少し待ってろ。大、悪いが見ててくれ」
大に優を見ててもらい、いつもは多田にお願いするものを、今日は有李斗が自分で作りに行った。
―――「大、有李斗ちゃんと走れる?片目だけど危なくない?」
有李斗が席を離れてすぐに、優は自分が不安に思っている事を大に話し始めた。それを聞いて大は、普段お酒を飲まない優がどうして急に飲み始めたかを理解した。そして、優がこのような時、お酒に走るくらい成長したのだとも思っていた。
「まあな。お前の心配も分かる。でもな、あいつの口から『できない』って言って来ないという事は、平気だと思ってるからじゃねえか?それに子供の事だしな。少しくらい無理そうでもやりたいんだろう。黙って見ててやればいいさ。お前が傍で見ててやればいい。あいつはそれがいいんだよ」
「そう?それだけでいいのかなあ…」
大にはそう言われたが、優はそれでも心配でいる。いつも何でもできる人が、もしたくさんの人の前で転んだりしてしまったら怖くなってしまうのではないかと考えていた。
「いいんだ。あいつは失敗したとかそんなの恥ずかしいなんて思わない。そんな事よりも、お前が傍にいなかったり、自分を見ててもらえない事の方が問題だろう。お前はあいつの傍にいてやりゃいいんだ。それだけで、普通の奴ができないような事でもできると俺は思うがな」
優の頭をポンポンとしながら顔を覗き込み、大はそう言った。そこへ有李斗が戻って来た。
「優、これなら美味しく飲めるぞ。あと、お前くっ付き過ぎだ。そこどけよ」
有李斗は、自分が作ったお酒を優に渡しながら大に文句を言い、優と大の間に座った。
「おい、何だよ~。話してただけだろう?」
無理矢理、間に入って来た有李斗に大は、『やれやれ』という顔を向けながら横へずれた。
「お前は普段から優にくっ付き過ぎなんだ。――優、どうだ?飲みやすいか?」
有李斗は、横にずれた大に再度文句を言ってから優の感想を聞いた。文句を言われた大は呆れてはいたが、それが何だかいつもより心地良く感じていた。そして、有李斗に感想を求められた優の反応を見ていた。
「うん。甘くて美味しい。ありがとう。――有李斗?ごめんね。… …ごめんなさい。僕のせい。これ、僕のせい…」
有李斗に感想を言ったあと、優は手にしていたグラスを置き、涙を流しながら有李斗の眼球のない方の目を優しく触った。
有李斗は、自分の目に触れている優の手を取る。
「お前のせいじゃない。それに、もう終わった事だ。俺が走るから気にしているのか?」
優の手を取った有李斗は、胡坐をかき直し、優を自分の足の中に座らせた。
「だって… …走りづらいよ?それに転んだりしたら危ない」
有李斗の手を握りながら、優は自分の想いを話した。
「大丈夫だ。月斗か李花と一緒だからそんなに速くは走らないだろ?それに李花なら、あいつは気遣って走ってくれるだろうしな。だから大丈夫だ」
「うん。じゃあ、有李斗は李花とね。月ちゃんじゃ何か怖いから」
「ああ、そうする。――優。本当に、この目に関してはお前が気にする事じゃない。心配するな。それよりも、俺が作ったこれを美味しく飲んでくれるといいんだがな」
テーブルに置かれたグラスを優に渡し、後ろから抱き締め、有李斗は優の首元に顔を埋めた。
「美味しい」
「そうか。それは良かった。それと、子供たちは先生が寝かせてくれてるぞ」
「うん」
有李斗と話をしているが、それでも優は心配を拭えないのか、有李斗の方を向いて抱きついた。しばらくそのままいたが寝息が聞こえ、眠っていた。
優が眠ったのを見て、大が優から聞いた事を有李斗に話した。
「有李斗。優な、お前の片目は自分のせいだって思いが取れないみたいでな。リレーの時、大勢の前で転びでもしたらって、そこばかり気になって仕方ないみたいだ」
「ああ、分かってる。その思いが大き過ぎて酒を飲んだんだろう?優にも話したが、李花と走れば大丈夫だと思う」
大に話しながら、さっきまで優が飲んでいた水割りを一気に飲み干した。
「なあ。こいつはこれからずっと、俺の目の事を気にしながら生きていくんだろうか。それはあまりに酷だ。どうしたらそれを取り除けるだろうか」
「その都度、お前のせいじゃないと言葉を掛けてやるしかないだろうな。あの時の状況が状況だっただけに、全ての思いを取り除いてやるのは無理だろう。お前の言う通り、酷な事だな。でも、この件については仕方ねぇ」
有李斗の中で眠っている優の頭を大が撫でる。それを見ながら有李斗は答えた。
「俺の人生の中で、これだけは最大のミスをしたと思ってるよ。俺の判断が間違っていたのだと…」
2人が話しているのを、言葉は挟まず黙って聞いていた多田が、ウイスキーのロックを新しく作り、有李斗の前に置く。有李斗はそれを一口グッと飲んで、喉が沁みる感覚を味わうかのように唇をキツく閉じた。
「あの時は、あれが最大限の案だったんだろ?それなら仕方ねぇ」
大もまた、自分のビールをグイッと一気に飲み、グラスを空にしてからそう答えた。
有李斗は、しばらく優を抱えながら大と話をしていたが起きなかったので、寝室へと連れて行った。子供たちは先生が寝かしつけていたが戻って来なかったので多田が様子を見に行った。先生は子供たちと一緒に寝ていたので、布団を整え、起こさずそのままにした。少しずつ離れて座っていた翔と大と多田は集まるように座り、運動会の話を始めた。しばらくして、優を寝かせに行った有李斗が戻って来た。
「多田、悪いが新しく作り直してくれるか?」
「はい。水割りとロックとどちらにしますか?」
「ロックで頼む」
「はい」
氷もまだ残っていたが、自分を仕切り直したくて新しいものに作り直してもらう。
「どうぞ」
「悪いな」
多田から受け取り、有李斗はグッと一口飲む。
「んっっ…」
喉に沁みるのか、いつも反応を見せないのに、声を出し、唇を強く閉じる。
「大丈夫か?」
大が気にして有李斗に声を掛ける。
「ああ。俺は何ともない。ただ、あの時の俺の判断が今も、いや、これからもあいつを苦しめるのかと思ってな」
手にしているグラスの中の氷を見ながら言う。
「さっきも言ったけどよ、それは仕方ねぇ。あれがあったから今がある。あの時に最悪な方へ行かなかった事を考えれば、その代償は安いものだと思っていくしかねえだろう?」
「まあな」
「そういう事だ。辛いかもしれねえが、その時は俺に『辛え~』って言えばいい。俺が死ぬまで何回、何万回でも聞いてやる。ただ、俺が先に死ぬと聞いてくれる奴はいねえと思うから、その時は俺の墓に言いに来ればいい(笑)」
大は最後に笑いながらそう言った。
「ああ、そうさせてもらう」
大に言葉をもらった有李斗は、大とは違って真面目な顔で大に答えた。その2人の会話を多田と翔は黙って見ていた。
その晩は久しぶりに遅くまで飲み、夜中の3時過ぎまで話をしていた。多田と大は自分たちの部屋へ戻り、翔は子供たちの部屋のベッドへ寝て、先生と共に泊まる事にした。先生は、布団に寝ている月斗と李花の間に寝ていた。
有李斗は、先に寝ている優の隣へ入り、向こうを向いて眠っている優を、後ろから抱き締め眠った。
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