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 ささやき声。笑い声。こちらをうかがう視線。それらが高い天井を反響してさざ波となり、体育館内を埋め尽くす。  コートの中央では二メートルを越すネットが我関せず、その波を受け止めていた。敵味方を明確に分ける壁も、試合前は静かでいる。  負けられない戦いね。  ストレッチで丸まっていた背中に観客席から声が降ってきて、俺は思わず笑ってしまった。  ちり、と。首筋に視線を感じて目だけを動かす。少し離れたところで身体をほぐしている、対戦相手のチームからだった。 「そういうとこだよ、由佐(ゆさ)」  興味をなくした俺に、隣で吉岡が片頬をあげる。 「絶対勘違いされてるからね」 「どうでもいい」 「さっすがエース」  立ち上がった力で音が跳ねる。吉岡は大きく伸びをした。  どこの誰に勘違いされようが知ったこっちゃない。  昔から日常茶飯事だった。  切れ長の目も変わりにくい表情も、背が高いのも運動ができたのも、俺の意思とは関係なかった。だからこそ余計に、誤解を解くために使う力も時間ももったいないと思っていた。  それよりもボールに触れる時間が、コートに立つ時間が大事だ。その癖は今でも染み付いて、年々強くなっている。  自分の意思を勘違いされようと、必要のない人間に分かってもらう必要はない。
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