-おはよう(昼)-

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窓から差し込む光に、ヘルは起き抜けでぼんやりとする目を細めた。大きな窓に掛かったレースカーテンの向こうに、なんとなく庭の様子が伺える。 太陽は既に真上にあり、人間界1日目の清々しい朝は迎え損ねたようだ。 「ルシファー……」 寝返りを打って窓に背を向けると、かさついた喉で名前を呼びながら、横で寝ているルシファーの胸に顔を押し付ける。温かな身体と規則正しい鼓動に、ヘルは目を閉じたまま口元を弛めた。 「おはよう、ヘル」 「ん……おはよ」 大きな手に頭を撫でられて顔を上げると、唇にキスをされる。乱れた髪の毛と、まだいくらか眠そうな瞳は、冥界にいてはなかなかお目にかかれない。 ルシファーの手を取って頬に当てると、指先で鼻をくすぐられ、ヘルはクスクス笑って首をすくめた。 「今日は早起きだね」 「せっかくのお休みだもん」 「ゆっくり寝てれば良いのに。お腹空いちゃったの?」 「んー?うー…」 2人の体温になったシーツと、ルシファーの匂いに包まれて、ヘルはまたとろとろと眠りに誘われる。 今までも仕事に付き添って人間界を訪れることはあったが、完全な休日として来るのはこれが初めてだ。時間も人目も気にせず、ルシファーを独り占めに出来る。 「ルシファーと2人だけなの、嬉しいから」 「いつも2人でいるじゃない」 「そんなことない。魔王様は人気者だから、傍に居るのも大変なんデスー」 額を合わせ、恨めしげに見上げるが、薄く微笑むような表情からは、ルシファーが何を考えているのかよく分からない。 優しく甘やかされて、腕の中はこんなに安心するのに、微かな不安にいつも蝕まれている。 「どうしたの、そんな顔して」 「……ルシファーがいなくなったら、俺ダメになっちゃう」 「どうダメになる?」 「息が出来なくなって、空も飛べなくなる」 一人でいた頃は、こんな気持ちになったことはなかった。空も地上も狭過ぎて退屈だったが、寂しくはなかった。 でも今は、ルシファーが仕事をしている間、1人で家に居るのは何か物足りなくて寂しい。床に広げたクロスワードが全部埋まって、外が暗くなってくると、もしこのままルシファーが帰ってこなかったらと考える。 このまま部屋に1人きりになってしまったら、冥界にも戻れず、自分はどうやって生きていけるのだろう。 「こんなに離れられなくなっちゃって、どうしよう」 「ドラゴンちゃんは、意外と真面目だよね」 「なに、それ」 ルシファーはベッドの上で身体を起こすと、ヘッドボードに凭れて、むくれているヘルの腕を引いた。大人しく膝上に納まったその身体に、ゆっくりと手を這わせる。
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