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第一話
こっぴどい生活を送るようになってからしばらく経つ。
道の端っこに座って残り少ないお金で買った食料を口に運ぶ。
ホームレスのおじさんと一緒に寝て、ゴミ拾いもする。
僕がこんな生活をすることになったのは二か月ほど前のこと。お人好しの母は友人の借金の保証人の欄に自分の名前を書いた。それだけだった。
それだけで大きな借金が母に降りかかったのだ。母を借金の保証人にした友人は消えた。絶対に金は返すと言って、消えた。
そうやって借金返済のためにほとんどの財産を手放す羽目になり今に至る。
結果として借金を返すことはできた。しかし、家も食べていく金もなくなった。
手には何も残っていなかった。
そして僕は母の負担になりたくない一心で今、こんな状況になったわけだ。こんな生活ももう慣れた。一か月は長い。環境に慣れるのには十分すぎる時間だ。
「おじさん、今日は出ますか?」
ほとんど毎日ゴミ拾いに行く。ゴミの中には時々金になるものが混ざっているからだ。少しずつでもお金を作らないと生活できない。大事な行動なのである。
「そうだね、行こうか。」
街に出ると、あたりがざわついていた。
今日は特にイベントもないはずだ、何かあったのだろうか。
「どうしたんでしょうか?」
「マフィア、かな。」
マフィア…この辺にもいるんだ。知らなかった。
国としてそういう人がいるというのはわかっているけど、関わったことはない。こんなに近くにいるなんて。
「今日は大人しくしといた方が…」
「あ、可愛い!」
僕の方を指さしてやってくるスーツの男。マフィアだ。
本当に僕なのかと周りを見回してみたけれど、近くにはおじさんしかいない。彼の指が指し示す方向は確実に僕だ。
僕は首をかしげて男を見る。
「ね、家とかない感じ?」
「そうですが…」
「おいでよ!君ならみんな怒んないよ。ボスも許してくれそう。」
状況が理解できず何も言葉を返せずにいると、もう一人の男が言った。
「俺らはマフィアだ。金がある。んで、こいつは君に一目ぼれしたから助けたい。だからうちに来いと、そういうことだ。」
「でも、そんな突然。」
やっと出た言葉はきょどきょどだ。こういう時に冷静に言葉を返せる人がいたら尊敬する。
「じゃあ職場ってことにしたらいいかな?働くってことなら良くない?」
目の前で話がどんどん進んで行く。自分への提案のはずなのに、まったく頭がついていかない。
仕事が出来るならそのほうがいいけど、マフィアでしょ?
「働くというと…?」
「掃除とか?」
どうしたらいいかわからずおじさんの方を向くと、おじさんはゆっくりとうなずいた。逆らうとまずいと、そういうことだろうか。
おじさんの行動の意味を聞きたかったが、それを尋ねられるような状況ではない。勝手な解釈。結局は自分で決めなければいけないということ。
「僕、行きます。」
「やったやった!」
「本当に?」
片方の男は終始楽しそうにしているが、もう一人の男は逆で冷静に見える。
「雑用ならできます。けど、あの…」
「なぁに?」
「僕だけ、その。助けてもらうのは気が引けます。せめて、このおじさんにだけでも何か…。」
「お金あげればいいかな?」
「え、あ、できたら。」
「そうだねぇ、いいよ。可愛い子ちゃんのお願いなら聞いちゃいます。」
男は札束をおじさんに手渡す。おじさんは戸惑っていたが、男が耳打ちをすると深く頭を下げてお金をジャケットのポケットの中に入れた。
何を言われたのだろうか。脅されたりしてないよね?
「じゃ、連れてっちゃおうか。」
「…ああ、来い。」
「はい。バイバイおじさん、ありがとうございました。」
「…死ぬなよ。」
おじさんは僕の目をじっと見つめて言った。
あまり人の目を見て話すのは得意ではないと言っていた気がする。そんな人が僕の目をじっと見たということは、マフィアといることがそれだけリスキーだということだろう。
僕は間違った選択をしただろうか。いや、僕に選択肢なんてなかった。僕に断ることはできなかったはずだ。
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