第二話

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第二話

 車に乗せられてどこかに向かう。  行先は言われていない。もっとも、あまり地名は詳しくないので住んでいたところの周辺以外は言われてもよくわからないだろうが。 「いや~これでお屋敷潤うよ。」 「あの、僕は…」 「本当にお掃除とかしてほしいんだ。あ、僕下っ端だし君のこと襲ったりしないし、安心してね?」  襲う…そうか。身売りの可能性もあったのか。マフィアの人身売買とかもニュースで見たことがある気がする。  というか下っ端なんだ。そんな風には見えないけど、本人が言うことを疑うことはない。マフィアの上下関係なんて知ったこっちゃない。 「着いたぞ。」  冷静そうな男が車を止めて言った。  目の前には大きな屋敷が。規模が大きすぎてくらくらする。広い、それこそ屋敷と呼ぶに相応しい雰囲気を醸し出している。 「ここが僕らキアファミリーの本部さ。うちは比較的穏やかだから、みんなここで仲良く暮らしてんのよ。」 「…へえ、そうなんですね。」  上手く返事が出来ない。想像していた規模と違い過ぎるのと、今話している相手がマフィアであるということを改めて実感したからだ。  大きな建物にただただ圧倒されてしまう。 「本当に穏やかだからね?危険じゃないよ、その辺安心して。」  穏やかという言葉は、物騒そうなイメージがぴったりとくっつくマフィアには似合わない。 「ボスいるかなぁ。」 「今はいるはずだぞ。多分、職務の方の部屋に。」 「じゃあ行こうか。」  彼は僕をちょいちょいと手招きした。  この人仕草とかはすごく優しそうなんだけど、やっぱりマフィアなの?    屋敷の中に恐る恐る足を踏み入れると中に広がっていたのは、深みのあるウォールナットの床と細かい模様が入った壁紙、そして僕より長い間この世界を見ているであろうシャンデリアや壺が織りなす空間。  僕が屋敷の中を見回していると、よく喋る方の男が僕に声をかけてきた。 「珍しい?」 「はい、家に住んでいたころだってこんな豪華な家見たことがないから。」 「すぐに慣れるよ、ずっといたらありがたみなんか忘れちゃうんだ。さ、行こう。」  さらっと、自分の人生のことを言われたような気がした。  彼にそんな気はなかったのかもしれないが、彼の言葉はガラスの破片のように突然飛んできて僕に突き刺さった。  当たり前がいつ壊れるかなんてわからない。  それをつい最近体験したものだから。  僕が動けずにいると、手を引っ張られた。 「ほら、早く行くよ?」 「あ、はい。すみません。」  長い廊下を進んで、ある部屋の前で立ち止まる。  男がドアをノックする。 「何だ。」 「少しお話が。」  急に口調が丁寧なものに変わって驚く。  そこにある明確な上下関係と、相手への信頼感。 「入れ。」 「失礼します。」 「…失礼します。」  僕も二人に続いて頭を下げて部屋の中へ。 「突然で申し訳ないのですが、この子をファミリーに入れてはくれませんか?」 「一般市民か。」 「ホームレス状態で、こんなに若いのにゴミを拾っていたんです。情報は絶対に回らないようにします。雑用とかそういう形で、助けてあげられませんか。」  さっきの間延びした男からは想像もできないほどの真剣なまなざし。   ボスと呼ばれるその人は一緒に来た男たちとさほど年齢が変わらないように見える。30前後ぐらいだろうか。  そして、とてもきれいな顔をしていた。同性の僕でも美しいと思ってしまうほど。マフィアのボスってとにかく物騒なイメージがあったが、この人が汚いことをする想像がつかない。  彼に見入っている間に話が進んでいた。 「わかった。しかし彼はしきたりが出来るような身体じゃない。情報は、絶対に回すな。そして危険にさらすな。それが条件だ。」 「わかりました、必ず。」  どうやら僕はここで働けるらしい。しきたりがどういうものがよくわからないが、とりあえずここには居れるということで。  身分証明書を忘れて出てきてしまったため見つからなかった仕事があっさり決まった。 「お前、名前は?」  ボスが僕に尋ねた。 「アカネです。」  遠くにある日本という国の名前らしい。母はそこの言葉が好きで、僕に日本語の響きの名前を付けた。  僕も気に入っている。不思議な響きだ。 「いい名前だ。俺はロカリノ。よろしく頼む。」 「は、はい。」 「何をするかはそいつらが勝手に考えるだろう。別に何もしたくないならしなくてもいいが。」 「やります、僕にできることは何でも。」 「そうか、ならできる家事や雑用をまとめておけ。ファミリーのやつらに情報を回すから。お前が何が出来るかがわかれば、それを頼むやつも出てくるだろう。」 「わかりました。」  この人は人のことをよく考えているように思える。頼れそう。だからボスをやっているのか。 「…俺たちのキアファミリーは人間関係も家族のようでありたいと思っている。上下関係もさほど気にしなくていいし、いろんなやつと仲良くしてやってほしい。」  これから自分がどうなるのか、想像が全くつかない。  ここで僕はやっていかなきゃいけない。  でも僕の中にあった物騒なイメージに合わないマフィアであることはよくわかった。  きっと生きていけるはず。  生きていれば何とかなるだろう。
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