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第五話
部屋に戻って少しすると、ロザがやってきた。
「アカネー、今大丈夫?」
「うん、大丈夫だよ。」
「お邪魔しまーす。」
ロザがずかずかと部屋に入ってくる。これも見慣れた光景だ。
ロザはいつもこう。大丈夫かとは聞くけど、大体相手に拒否権は与えていない。
「お買い物行かない?」
「買い物?どこに?」
「近くのお店がいっぱいあるとこ。明日行こうと思ってるんだけど、一人じゃ寂しいからさぁ。一緒に行こうよ。ステラが行けないっていうから頼むのアカネしかいないの!」
ステラとは僕がここに連れて来られたときにロザと一緒にいた男のことだ。あの冷静そうだと思った男。
「僕抜けて大丈夫かな…。」
「これも仕事だよ、だからこうして前日からお願いに来てるんじゃない。」
この屋敷に来てからというもの、僕は一度も外に出ていない。
特に外に出たいと思ったことはなかったから出ようともしなかったが、出るチャンスがあるなら出たい。あんまりずっと室内にいるのは良くないような気がする。行こう。
「わかった。行くよ。」
「やったー!嬉しいなぁ。じゃあ明日の朝また呼びに来るね。」
「待ってる。」
部屋を出ていこうとするロザ。
「ちょっと待って!」
「ん?何?」
「スーツはダメだから!」
「…ああ、そうだね。わかったよ、また明日ね。」
さすがにもう、マフィアマフィアしたロザと一緒に歩きたくない。
ロザは女性寄りの美人だが、スーツを着るとなぜか一気にそれっぽくなる。オーラがこべりついてるのかもしれない。
次の日の朝早く、さっそくロザが僕の部屋にやってきた。
「アカネ~、行こ!」
「あと少し待って!」
屋敷に来てから貰った、スーツではないごく一般的な服を身に着け、これまた一応と貰った鞄をクローゼットから出す。
「よし、今行く。」
部屋のそばで待っていたロザは一般人さながらのおしゃれな服を身に纏っていた。
じろじろとその姿を見ていると、ロザの眉間にしわが寄った。
「何?見慣れない?」
「そりゃ…。」
「服ぐらいちゃんと持ってるんだけど!さ、いこ。」
極々自然に僕の手を引くロザが家族の雰囲気をにおわせていて嬉しかったのはロザには秘密だ。
「今日はどんな店に行くの?」
「雑貨屋さんとか服屋さんとか。可愛い服も欲しいし、プレゼント買わなきゃ。」
「プレゼントって?」
「ああ、一応恋人いるからね。もうすぐ誕生日なんだ。」
ロザ、恋人いたんだ。でもファミリー以外の人との接点って…
「ファミリー内だよ。」
僕の心を見透かしたようにロザが言った。ということは。
「男、なの?」
「そ。偏見ある?あるわけないよねぇ。アカネはボスのことが好きなんだし、同じだよね~。」
ロザがさらりとすごいことを言った。
「え、僕がボスを?」
「そうだよ、まさか自覚なしなの?ボスと喋った日は超満たされたような顔してるし、ボスのことやたら聞いてくるし。それはもう恋でしょ。」
アハハと笑うロザ。そんなにわかりやすかっただろうか。
僕が初めて他人に対して激しい好奇心を抱いた。それが恋だと、そういことなのか?初めてだからよくわからない。でもロザが言うぐらいに僕の感情が駄々漏れになっていたならもはやそれは好きとしか言いようがないだろう。
「ボスの誕生日は来月の一日。」
「へ?」
挙句の果てには「何か買ってあげたらボス喜ぶと思うけどな~?あの人、プレゼント慣れしてないし。」なんて言われる始末。
なんだかボスと親しそうな口ぶりが気になるが、今はどうでもいい。
雑貨屋で僕は宇宙柄の球体のレジンを見つけた。ハンドメイド作家の作品らしく、手作りの温かみがあって可愛らしい。
ストラップとか、マフィアのボスはつけるのだろうか?
ロカリノの携帯に可愛いストラップ…。なんか違う気がする。
「それがいい?」
「…ボスってストラップとかつけると思う?」
「そうだねぇ、あの人不器用だからあんまりストラップとか得意そうじゃないなぁ。」
ストラップに得意不得意があるのだろうか。ストラップをつける能力をボスが持ち合わせてないという意味?
「っていうかなんでそんなこと知ってるの?」
「おやおや、嫉妬かな?」
僕が不機嫌そうな顔をしてみると、ロザは苦笑いして白状した。
「いや、同い年なんだ、ボスと。僕は16の時にファミリーに入ったからロカリノがボスになる前どんな人だったか知ってるの。普通に友達やってたしね。今は公っぽい時は一応敬語使ってるけど、普通に喋るときはため口になっちゃう。ま、あの人のこと心から尊敬してるから敬語は自然と出てくるよ。」
だから僕をファミリーに入れてくださいと言ったときあんなに真剣な表情が出来たのかな。
「ま、置物のほうがいいってこと。ねえ、これとかどう?」
同じ作家の小さな置物。球の中にはやはり美しい宇宙が広がっている。
「いいな、これ。」
「決まり!お金払ってあげようと思ってたけど、自分で払いたい?」
「うん。」
「だよね、お給料もらってるもんね。買っておいで。プレゼント包装してもらうのを忘れずに!」
「そうだね、ありがとう。買ってくる。」
僕が会計をしている間に、ロザは恋人へのプレゼントを決めたようだった。可愛らしいネックレスを優しい表情で見つめている。あんな顔をするんだ、好きな人のことを考えてたら。
きっと僕もあんな風な表情をしていたんだろう。幸せが伝わってしまうぐらいの、緩んだ顔。
ロザの会計も終わり僕らは店を後にした。
そのあとが地獄だったのだ。
僕はロザの着せ替え人形。これが似合いそうだとか、これは普通に着せてみたいとか。色々言って試着室に僕を閉じ込める。
恐ろしい人だ。
その日一番、街で愉快な顔をしていたのはロザだと思う。
でも久々の普通の家族のような時間は決して心地の悪いものではなかった。
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