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第六話
ロザと街に出かけた数日後、僕はロザの部屋に向かうことにした。
ロザが僕を訪ねてくることは多いが、僕からロザを訪ねることは少ない。でも今回は、プレゼントをちゃんと渡せたか聞きたかったから。しかし、僕が部屋に近づくと部屋の中から甘い声が聞こえてきたのだった。まあ、そういうこと。きっとちゃんと渡せたんだろう。
恋人の話は聞いていたのでそっとしておこうと思ってそのまま部屋に戻ったのだけど、部屋に入って完全に一人の空間になるとさっきの声が蘇ってきた。
抱かれるって、どうなんだろう。
変にそういうことを意識してしまって、さらにはボスのロカリノの姿も頭に浮かんで。もしかして、僕はボスにそういうことをされてもいいって思ってる…?
ロザに僕はボスのことが好きなんだと言われた。
少し考えてみて、僕もきっとそうなんだろうなと思った。
でもやっぱり人に言われてもはっきり自覚することはできず、数日間なんとなく過ごしていた。
今は、はっきりと自覚してしまった。
僕はあの人のことが気になっていて、あの人の生き方が好きで、触れられても大丈夫だと思っている自分のことを。
だめだ。
伝えたい、でもこれは伝えていいのだろうか?
ボスが困るようなことはしたくない。でも、僕は言いたいことははっきり言うタイプの人間だ。
どうしたらいいのだろう。
ロザの声を聞いた日の間はさすがに気を使って避けて、次の日の朝に僕はロザの部屋にもう一度行くことにした。
最近、なんだかキアファミリーの人たちは外出することが少ないように思える。だからなのか、頼まれごとが少ない。屋敷の中でよく人とすれ違う。ロザも例外ではなく、屋敷の中で何かをしているようだった。だから部屋にはいるはず。
ドアをノックして名前を告げると、中から入って~と言う声が聞こえてきた。普通にいた。
「アカネが来るなんて珍しいね、どうしたの?」
「ちょっと相談。」
ベッドの上に二人で腰かける。
本当は人の時間を取る相談という行為が僕はあまり好きじゃないけど、恋愛に至ってはあまりにも疎いので先輩の助言を頂くことにしたのだ。
ロザは僕のお兄さん的存在だから、遠慮もほとんどいらないし。
「ボスのこと?」
お見通しらしい。やっぱり僕は感情駄々漏れかもしれない。思ってることが全部顔に書いてあるのかもしれない。
「うん…そうだよ、僕どうしたらいいんだろ。突然、好きだって思って、意味わかんなくて。」
「うんうん、恋愛とはそういうものなんだよ、あかね君よ。いや~、恋愛相談とか受けちゃって今すっごいテンション上がってるんだけど、多くは語らずってことで一つだけ。アタックしなきゃ何も始まらないよ。人に好意を向けられて嫌だと思う人はほぼいないから、行動に移してなんぼだよ。」
行動…人に対して何かをするっていうのはあまり得意ではない。
道端で寝ていたとき、僕は生きるので精いっぱいで人のことなんて考えていなかった。その前は、ずっと人に興味がなかった。というよりお人好しの母がしょっちゅう騙されるのを見て、人は信用しないほうが良いと知らず知らず自分に言い聞かせていたのかもしれない。
ここにきて、生きることが不自由だと思う要素はほとんどなくなって他人に興味を持つ余裕が出来てしまったのだと思う。
そんなときに、綺麗なボスに出会って、重いものを背負いながらも優しさを忘れずに生きるボスに惹かれた。
僕はこの間にやっと、ちゃんと生き始めたのだと思う。
だから、人間関係の部分でほとんど初心者なんだと思う。
「苦手意識は持たない!できるできる!」
「なんで僕が苦手だなって思ったことわかるの?」
「そんなの、うわー無理だわーって顔してるからすぐわかるでしょ。」
ということで僕はボスにアタックとまではいかないけど、少しずつ近づけるように努力しようと心に決めたわけだ。ロザ先輩、助言ありがとう。
…しかし、この世の中、何もかもが上手く進んでいくはずがない。
急に、屋敷内の人の外出が増えた。ボスはほとんど屋敷に居なくて寝るために帰ってきているような状態だ。僕に話をしようと持ち掛けることなどもちろんなく、顔を見ることだってほとんどない。
せっかく決心したのにこのざまである。
僕にはマフィアとしての情報は一切回さないというのが、僕が屋敷内にいるための条件の一つだった。
だから仕事は何をしているかとかそういうことを僕は一切知らないわけだ。
もどかしい。自称下っ端のロザでさえ、忙しそうに動き回っている。でも僕は彼らが何をしているかは一切わからず、大変そうだなと他人事で眺めることしかできないわけだ。…いや、眺めているだけではないか。
皆の外出が増えたから、洗濯物が増えた。僕は、ひたすら洗濯機を回している。
全体的に外出頻度が落ち着き始めても、ボスは忙しいようだった。
僕がボスと話したいと思った途端これだ。運の悪さと、自分の気づくのの遅さに嫌気がさしてくる。あのタイミングじゃなければ…、もっと早く自分の気持ちに気付いていれば…。そんなことを思っても後の祭りだ。
むしろ話したいと思えば思うほどボスの仕事が増えるんじゃないかとさえ思えてくる。ただただ運が悪い。
朝食だけはみんな同時にとるので、屋敷内にある食堂のようなところでボスの顔を見ることはできる。しかしその顔は疲れているように見えて、話しかけたりできるような雰囲気ではない。遠くから、少しでも仕事が落ち着くことを祈るばかりである。と思っていたが、そんなことを僕が考えているということを見透かす人が一人いるわけだ。
その人物は、夜に僕の部屋にノックもせず突入する。
「アカネ!!ボスが疲れてるような顔してるから話しかけちゃいけない、そっとしておこう…とか思ってるでしょ!」
全然似ていないけど僕の声まねのような部分があった。そんなにひょろひょろしてないよ、心外だな。
言ってることは正しい。
「思ってるよ、だって迷惑になったら悪いし…。」
「馬鹿なの?いや、絶対馬鹿だ。」
馬鹿って言われた。
そんな、暴言吐かなくたっていいのに…。でも僕が疎いのはなんか大体わかってきた。
「アカネくんや、君はボスに僕と話してて楽しいですかーって感じのこと聞いたって僕に言ったよね?覚えてる?」
「リラックスするからって言ってた。」
「じゃあ、疲れてるときにアカネが話しかけたらボスはどう思うだろう?」
「疲れてるからやめてくれ?」
ロザは盛大にため息をついた。
「アカネってホント馬鹿。あの、寝る時間を減らしてまでもアカネと喋りたいボスが、そんなこと思うわけないでしょうが。あの人は、絶対喜ぶ。静かに喜ぶ。」
「寝る時間?」
「そうだよ!アカネと喋りすぎて仕事する時間がずれて寝不足になってるくせににやにやしてやがるあのボス!」
知らなかった。
仕事の方は何も知らないから仕方がないのかもしれないけど。
「本当に喜ぶの?」
「絶対喜ぶ。」
そうかな~と僕がいつまでも言うので、最後にはロザにいい加減にしろと頭をぺしっと叩かれた。
ということで次の朝、やっぱり疲れた顔をしているボスのところに行くことに。
躊躇していたのだけど、ロザがやんわりと蹴ってきたので行かざるをえなくなったわけだ。
勇気を出して話しかけてみる。話すのは久しぶりな気がする。
「ボス、おはようございます。…あの、お疲れですか?」
僕が声をかけた瞬間、ボスの顔がぱあっと明るくなった。さきほどまでのぞいていた疲れが一気に吹っ飛んだように。
こんなに表情にでてくるものなのか。
「最近忙しいから疲れてるけど、アカネがいたわってくれたから元気が出た。」
疲れているせいなのか、普段より素直というか、言葉の選び方が軽い気がする。気のせいか?
「もうすぐ落ち着くから、その時はまた話相手になってくれ。」
「はい、頑張ってください。僕はいつでも待ってますから。」
朝食時だけど決して時間がある用ではなかったからすぐに会話は切り上げたが、ボスが最近見た中で一番元気そうになったので良かった。
後にロザとすれ違ったとき、にやりと笑われた。
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