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第七話
ボスの仕事は少しずつ落ち着いてきているようだが、まだ忙しいには忙しいらしい。
その日は部屋の掃除を一緒にやってほしいと頼まれた。前にも同じことを言った人なので普通に了承したが、その会話をしているところをロザが見ていてよくわからないことを言い出した。
「怪しい。」
「何が?」
「怪しいよ、アカネ。今のやつ、超下っ端なんだけどさ、なんか怪しい。男の勘ってやつ?」
「そんなのあるの?なんか怪しいって言われてもわかんないよ。前にもあったし大丈夫だと思うよ。」
そう言ってもまだ怪しいと言い続けるロザ。仕方がないので、一緒にいくことにした。
ロザの予感は、当たってしまったのである。
部屋の中にはファミリーのかなり下位…ロザは自分のことを下っ端というけど、それよりももっと下の方にいるであろう人たちが5,6人いた。
やばいと思ったときにはもう遅い。
あっという間に囲まれてしまう。
「やっぱりこうだと思ったんだよねぇ。つーか、下のくせに生意気なんだけど。」
「お前、うるさいぞ。」
「ハァ?お前、誰に口きいてると思ってんの?」
ロザの口調がガラッと変わった。いつも僕に使うゆるりとした口調はどこへやら、またロカリノの前で使っていた丁寧な言葉ともまた違う。
上に立つものが言うセリフを、怒りを含んだ強い口調で。
「知らねぇな。そもそも用があるのはアカネだけだ。」
「ふーん、じゃあこういえばわかる?僕の名前は、ロザリア・ミカエラ。おっけー?ファミリーの人間なら知ってるよね?」
ロザが名前を言った瞬間、その場にいた人間の顔が凍り付く。ロカリノは上下関係を好まないけれどマフィアの社会は上下関係が厳しいと前にロザが言っていた。ロカリノがいくら隔たりの無い関係を望んでいても、特に新人や下っ端のほうは上下関係を気にしてしまうらしい。
…それで、ロザはすごい偉い人だったりするわけなのだろうか?
僕と出会った日だって超下っ端とか言ってたのに、どういうことだろう。
「お前があのミカエラ…?だれも顔を見たことないとかいう…あれ都市伝説じゃなかったのか…?」
キアファミリー都市伝説…ロザは面白いことが大好きだ。だから多分、自分で作ったんじゃないかと思う。
危機的状況だったはずなのに、ロザがやることに笑いそうになった。
「そうそう、潜んでんの。まあ君らは明日には消えるし、記念に教えてあげましょうねー。」
にこにこしているロザ。
これはロザが持つ必殺技のようだ。権力があるからこそ使える技である。
ロザは下っ端を装っているすごい人だったわけだ。どれだけすごいかはわからないけど下の人が怯えるぐらいにはすごい人。
なんか、そんな人に思いっきりタメ口を使っていたのが申し訳なくなってきた。今更だが。
「まあ、もう何でもいいわ!こっちは6人だ。あんたらは二人。そっちに勝ち目はないってことだ。」
どうせ明日に居なくなるのだからと、突然吹っ切れた様子の六人の中のリーダーのような人。罪は軽い方がいいと思うのは僕だけだろうか。
「ミカエラさんは黙ってアカネが犯されるを見ておくんだな。」
瞬間、ぐいっと胸倉を引っ張られ、ベッドに押し倒された。
すぐに服に手がかかる。
さっきまでは笑いをこらえていたわけだが、また一気に危機的状況に戻ってしまいどうしたらいいのかわからない。
とりあえず抵抗しようと暴れてみるが、三人がかりで抑え込まれ、暴れることすらできなくなった。
このまま本当に僕はやられてしまう…?
ロザのほうを見ると、捕まえられてはいるけれどあまり辛そうには見えない。と思うと、ニィっと笑った。
「もうすぐもうすぐ。アカネ、口は守ってね。」
「へ?」
「黙っとけお前は‼」
顔を床に押さえつけられるロザ。
でもやっぱり余裕そうなのだ。何故そんな顔をしていられるのか。
ロザはやっぱりにやにやと笑っているのである。
その間にも僕の服はどんどん取り払われていく。
上半身をまとうものがなくなり、ベルトに手がかかった時ガチャリと部屋のドアが開いた。
入ってきたのは初日ロザと一緒にいた男、ステラと…ボスだ。何故ボスはここに?まだ仕事で忙しいはずなのに。
「遅いよ~。」
ロザがにっこりと笑うと、ステラはロザの周りにいた男を一発ずつ殴った。その一発は重く、体が軽そうに飛んでいく。
「ステラ遅い!」
「悪い…もう少し早く来たかった。ロザに触れられる前に。」
「時間稼ぎで正体バラしちゃったよ~もう。」
「悪かった。」
ステラがロザの頭をなでるとロザは彼に抱き着いた。
「今回は少し焦った。」
「すまない。」
ステラはひたすらに謝っている。でも咎めているロザは楽しそう。あの人がロザの恋人だったのかと自分が今おかれている状況も忘れて暢気なことを考えていると、突如として僕の身体に触れていた男たちの腕の重みがなくなる。
ボスの登場にはさすがに怯んだらしい男たちが僕から離れたのだ。
「何をしようとした。」
「あの…いや。」
「何をしようとしたか、何をしたかを聞きたいんだ。」
ボスは声を荒げてはいないが、瞳の奥に確かな憤りが浮かんでいるのがわかる。本気で怒っているのだ。
静かに、今にも殴りかかりそうなオーラを放っている。
「ボス、もういいですよ。」
「しかし。」
「いいんですよ。僕何もされてないです。服だけですから、大丈夫。」
ボスに殴りかかることもなくただただ怯えている男たちが殴られるのはさすがに気の毒に思う。
必死になだめると、次第に落ち着いてきたようでボスは一つため息をついた。
「お前ら6人、今すぐファミリーを抜けてもらう。何があるか、わかるな?」
男たちの顔が見る見るうちに青くなっていく。殺しはしないだろう。
でもやっぱりマフィアはマフィアだからなあ。腕一本は覚悟といったところだろうか。
マフィアにとって情報は宝で、金になるものだ。それを外部に漏らされると手に入れられる金額に大きな影響が出たりするらしい。だから入るときもやめるときもルールがあるのだ。詳しくは知らないが、とにかく痛いとのことだ。
「ミカ、ステラ。甘い空気を漂わせているところ悪いが、処理頼めるか?」
「しゃあなしねー、大サービスだから今度なんか見返り頂戴よね。」
唇を尖らせながらもロザはうなずいた。ステラも、ロザの反応を見た後ゆっくりとボスに向かってうなずいた。
…ボスはロザのことミカって呼ぶんだ。ロザリアじゃないほうで。隠してる、みんなが知らないほうの名前で。
ロザは昔ボスと仲良くしてたって言ってたけど、やっぱり今もボスの近くで働いてるんだと思う。処理を頼めるぐらいには信頼されているのだろう。
一気に部屋から人が消えていく。
そして部屋の中にはボスと僕の二人しかいなくなった。
「来い、アカネ。」
「え、あ、はい。」
ボスは自分が来ていたジャケットを脱いでそれで僕の上半身を覆ってから部屋を出て、そのまま僕の体を抱きしめるようにしていつも僕が話をしに行くボスの仕事部屋ではなく私室に入った。
そしてドアを閉めてすぐにボスは言った。
「悪かった。危ない目に合わせた。もっと早くにあいつらを処分しておけばよかったんだ。俺が全面的に悪い。」
「そんな、あの人たちが悪いことするかなんてわからないじゃないですか。」
「いや、あいつらは仕事の方でも細かい問題行動を起こしていたんだ。だからそろそろ何か仕出かすんじゃないかとは思っていたが、まさかあんな行動に出るとは思わなかったんだ…。ミカがずっとあの部屋の主のことを警戒してたから助かった。ミカがあの時ステラに連絡したから、俺も行くことが出来たんだ。あの時、ミカがいなかったらと思うと…。」
背筋がぞくりとした。
あのまま、誰にも気付かれないまま。6人の男に犯されていたかもしれない。心も体もずたずたになっていたかもしれない。
「でも結果として、今僕は無事で何もされてないしいいじゃないですか。…あなたが部屋に来てくれた時はとてもうれしかった。ステラさんはロザのために来た。ボスは、僕のために来てくれたんじゃないんですか?…そうだったら、いいな。」
ずっと話したかったロカリノとやっと話せたせいか、意図せず僕の願望が口から言葉になってぽろりと落ちた。
僕の願い事は大きな声にはならなかったけど、しっかりと彼の耳に届いていた。
「アカネのためだ、俺はアカネを助けに行った。ステラに呼ばれて、大慌てで走って。すれ違ったやつらに変な目で見られたけどそんなことも気にならないぐらい、アカネが心配だった。」
夢みたい。
嬉しいな、ふわふわした気分だ。僕のために来てくれたっていう事実があるだけで十分だ。それなりに大切に思ってもらえてるってことだから。
「嬉しいです、ありがとうございますボス。」
「いつまでボスと呼ぶつもりだ。お前は気づいてないのか?」
「何をですか?」
ボスがため息をついた。いつかのロザの溜息よりも深刻そうな顔をしている。
「…俺は感情豊かな人間じゃないんだよ元々は。でも、アカネの前ではなぜかいろんな感情が沸いて出てくる。こんなの初めてなんだよ。…ああ、もう。こんなに人への好意がむき出しになったことなんてないのにそれでも気づかれないのか。俺の上を行く人物がいたわけだ。」
じゃあボスは、僕に好意をもってるってこと?
「じゃあ単刀直入にわかりやすく言おうじゃないか。好きだ、アカネ。ただの好きじゃなくて、ラブの方の好きだ。」
「じゃあ僕も単刀直入に言いますね、ボス…っていうのは今は良くないですね。ロカリノさん、僕もあなたのことが好きです。ロザの…その、声を聞いたときに顔が浮かぶ感じの。」
「そこであのべたべたのカップルを持ち出すか?」
「ちゃんと自覚したのがその時だったから…」
ボスはからっと笑った。
さっきまでの緊迫モードはどこえやら。でもこっちの方がいい。ボスには笑顔のほうが似合う。
僕も彼の方を向いて微笑むと、腕が回されてぎゅうっと抱きしめられた。
ボスは黙ってしまったけど、腕には力がこもっていて少し息苦しい。でも幸せだ。
しばらくそのままでいると、やっとボスが言葉を発した。その声は今までに聞いたことがない優しくて、小さなものだった。
「本当に無事で良かったよ。」
近づいた。ロカリノに、すごく。
こんなに近くに居られるのはきっと僕だけ。僕の特権だ。
そしてさっきのものとはまた違う、聞いたことのない声が僕の耳に入ってくる。
「なあ、アカネ。」
熱っぽくて、しっとりとした…。
「なんですか…?」
「抱かせてくれ。そうしないと、さっきお前に触った男への怒りが消えそうにない。」
感情むき出しの彼は、いつにも増して格好良い。綺麗な顔が、僕のために歪むのが少し嬉しかったりする。
「いいですよ、抱いて。」
ロカリノの唇が僕の唇に触れる。初めての感覚、やわらかくてなんだか心地が良い。
「みっともない話だが、今までファミリーに尽くしてきたせいで初めてなんだ。上手くできる自信がない。」
「あなたの初めてが僕なんて、嬉しいです。下手くそでもいいじゃないですか。僕、抱かれたらきっと幸せ。」
ロカリノの顔に手を伸ばす。頬に手をあてると、彼はふわりと微笑んだ。
「そうだな、俺も幸せだ。」
あの事件は決して良いものではない。
それなりに怖かったし、助けが来なかったらと思うとぞっとする。
でもお互いの気持ちを知るきっかけになったし、現に今こうやってボスに抱かれているんだからまあいいや。
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