翌る朝(11)

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翌る朝(11)

 食後、樺沢碧が訊ねた。 「桜木の俊介をすぐお召しになりますか? 本日の御身のお世話と護衛をかの者は申しつかっております」  遥は頷いた。 「居てくれないと落ち着かない」 「かしこまりました」  そう答えると碧は紫を振り向き、紫が遥に頭を下げてから出ていった。  リビングのソファから、朝食のテーブルを片付ける碧に訊ねる。 「碧――は、桜木、いや――俊介が一族に戻ることに含むところはあるのか?」  一瞬、碧の手が止まった。そして、遥の方を向き直った。 「わたくし個人の考えを述べよと仰せですか?」  遥はあらたまった話がきそうだと身構えた。 「そうなるな」 「では、申し上げます。  わたくしは遥様ご寵愛の桜木家を一族に戻すことに何の異存もなければ、含むところもございません。  元より、隆人様のご信頼深き子らでございます。遥様のお世話や護衛に任ぜられましたのも隆人様のご采配。  わたくしがあの子らを疎んじるようなことはございません。紫も同様にございます」 「それを聞いて安心した。意地の悪いことを言う奴もいるようだけど、仲良くやってくれ」  遥は笑った。碧が深く頭を下げた。 「かしこまりましてございます」  ワゴンに皿が片付けられて、テーブルのパンくずが小さな箒とちりとりに片付けられていく。  その時、ドアがノックされた。 『紫でございます。俊介を案内(あない)して参りました』  遥が頷くのを確かめてから、碧が中からドアを開けた。 「お入りなさい」  二人が深く頭を下げて次々と中へ入ってきた。 「……俊介!」 「はい」  俊介がうれしそうに微笑んだ。遥は顔が赤くなるのを感じた。  初めて本人を前に名を呼び捨てにした。当分はぎこちなくなるだろうが、俊介が見せた笑みが喜びと恥じらいを含んでいるのがわかって、呼び捨てに抵抗がなくなった。むしろ、かわいいところも持っていたのだと知り、得をした気持ちになった。  碧が紫とともに遥に頭を下げた。 「わたくし共はこれにて下がらせていただきます。本日のご予定は後ほど樺沢家当主達夫よりご挨拶とともにご案内させていただきます」  二人が出ていくと、俊介と二人きりになった。  俊介はにこっとすると、「お着替えの確認をして参ります」と寝室に向かおうとした。それを呼び止める。 「いいから、ちょっとここにいろよ」 「遥様?」  俊介が戻ってきて、すぐ側に片膝をついた。不思議そうに遥を見上げてくる。今までより何だか若く見える。 「安心したか?」 「恐れながら、何についてのことでございましょう?」 「俺が凰になって、だ」 「はい」  即答だった。 「この上なく喜ばしく思っております」  またうれしげに微笑んでいる。  遥は手を伸ばして、俊介の髪の毛をぐしゃぐしゃとかき回して撫でた。 「犬みたいだな」  俊介が苦笑した。 「幼い頃わたくしを、隆人様の犬と誹る方々もお出ででございましたが、わたくし自身はそれを望んでおりました。ですので、何ら恥じ入る気持ちは起きませんでした。むしろ誇らしく思っております、今も」 「俺に仕えても?」 「もちろんでございます。わたくしは隆人様、遥様の犬として精一杯お仕えする所存にございます。どうか遥様もそれをお許しくださいませ」  切れ長の目はまつげが意外と長い。すっきりと通った鼻筋、色白の肌に濃いめの桜色の唇。  桜木俊介は美形だった。そんなことにすら気がついていなかった自分に、遥はおかしくなった。  声をあげて笑うと、俊介が心配そうにする。 「ああ、俊介のせいじゃない。俺は今まで自分のことに必死で、まわりがよく見えていなかったんだなということに気がついただけ」  俊介が墓参に着ていく服の点検行っている間、先ほど隆人が読んでいた新聞をパラパラとめくる。  中に地元紙らしき、わずか紙一枚二ページの新聞が含まれていた。  それを見てぎょっとした。  表面の記事が「加賀谷家御当主隆人様、新しき凰様を無事娶られる」だったのだ。  儀式の内容には触れていないが、先の凰の逝去から三年余りの間に加賀谷精機には危機もあったが、隆人様の導きで乗り越えてきた。今後も皆で隆人様をお支えし、加賀谷を盛り立てていかなければならない――というような内容だった。舞台上の隆人の写真と、舞台下に控える遥の後ろ姿の写った写真も載せられている。  こんなものを誰が読むのだろう。  遥はそれを手に寝室の俊介のところに行った。 「これは、加賀谷の一族とその子孫が購読している週刊の新聞です。この土地で加賀谷精機に勤めている者の多くは加賀谷の一族の末裔ですので、その意識高揚のために発行しているものです」  一般に出回ることはなく、樺沢家から分家していった家が会社を興して日刊の地元紙とは別に発行しているものだそうだ。  本当にこの加賀谷という一族のシステムに取り込まれているのだと思い知る代物だった。
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