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翌る朝(6)
何の物音も立てずに桜木がソファの前に回ってきた。自然な振る舞いでカーペットの上に膝をつき、前に手をついて頭を下げぴたりと止まった。
「鳳様凰様におかれましては、昨日の御披露目見事お果たし遊ばせしこと、心よりお喜び申し上げます。殊に凰様の証立てはたいそう見事なものであったと、介添えより聞きおよびましてございます。お世話をさせていただきました我らにとりまして何よりの果報にございました。名誉あるお役を賜り、まことにありがとう存じます」
深く頭を下げ、またもとの姿勢に直る。
「鳳様凰様のおかげをもちまして、我ら桜木は加賀谷の末座にお戻しいただくこととあいなりました。
先代桜木のなしたことを考えますれば、お戻しいただくことは望むことさえ申し訳なきこと。
そのような卑しき我らを鳳様には仮の凰様の御世話係へお取り立ていただき、また凰様にはめでたき御披露目の後、ご面会を望んでいただきました。これだけで身に余る幸せでございましたのに、分家の皆様方へお取りはからいいただきましたこと、まことにもったいなく畏れ多いことにございます。
我らはこの御恩を決して忘れず、鳳様凰様へお仕えいたしますこと、この場を借りましてお誓い申し上げます。
我らが忠信、何とぞお受け取りくださいますよう、御願い奉ります」
また桜木は深く頭を下げ、今度は顔を起こさなかった。どうするのかと思っていたところへ、隆人が口を開いた。
「面をあげよ」
許されて桜木が顔を上げる。
「そなたらの忠信はそれぞれの御目見得の折より一度として疑ったことはない。しかしこたびのことは他の者らにそなたらの真を示すにはよい機会であった。また、難しき仮の凰の世話と護衛を誠心誠意務めたことは、この凰のそなたへの信頼がすべてを物語っている。俊介――」
桜木の肩が震えたのがわかった。
「はい」
「よくやった。感謝している。これからもよろしく頼む」
「はい。ありがとう存じます」
三度桜木は深々と頭を下げた。
遥は、この時代がかった主従のやりとりに感動と違和感の両方を感じ、いたたまれない感覚におそわれた。
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